秀吉が作った湖面の城
長浜城ながはまじょう
場所 滋賀県長浜市公園町10
旧国郡名 近江国 坂田郡
別名 今浜城
種別 平城
築城時期 1575年(天正3年)
築城背景 織田信長から北近江3郡を拝領した羽柴秀吉が、不便な小谷城に代わる居城とすべく今浜城あとに築城。
名城 私の500名城
主な城主 羽柴(豊臣)秀吉柴田勝豊山内一豊、内藤信成
天守 不明(非現存)
主な遺構 堀、石垣
主な再建物 模擬天守(望楼型3重5階)
交通 JR北陸本線 長浜駅 徒歩約10分
駐車場 長浜城公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

3重5階の模擬天守

石垣

琵琶湖の中に埋もれてしまった
太閤井戸の跡

天守から彦根方面を望む
 
構成 琵琶湖北部(湖北)、琵琶湖のほとりに築かれた水城。

当時の縄張りは推定の域を出ないが、琵琶湖に突出した場所に本丸と天守台を置き、陸地側にも堀(内堀)をめぐらせていたらしい。

天守もあったと言われるが、詳細は不明。
内堀の外側に広がる曲輪には家臣の屋敷を置き、外堀がその周囲にあったという。

彦根城の天秤櫓は長浜城からの移築とされている。
縄張図
または
現地
案内図
現状 周辺は長浜城公園となっている。
現在の天守は昭和58年に建設された模擬天守で、市立博物館を兼ねており、当時の天守の位置から、少しはずれた場所に建っている。
略歴
●今浜城
1336年 バサラ大名で知られる近江国守護、佐々木道誉が当地に城を築き、家臣の今浜氏の居城に
(中略)
●長浜城
1575年 近江浅井長政越前国朝倉義景攻めの功績から北近江を任された羽柴秀吉が、小谷城では領国の北過ぎるために、湖北(琵琶湖の北)、今浜の地に築き、織田信長の「長」をもって長浜と改名
1582年 本能寺の変
清洲会議の結果、柴田勝家の甥柴田勝豊が城主に
柴田勝豊、羽柴秀吉に寝返る
柴田勝豊病没
賤ヶ岳の戦
1585年 秀吉の部将山内一豊が城主に
1586年 天正大地震で全壊、一豊の娘よねが死没
1590年 山内一豊遠江国掛川城主に(5万石) 
1606年 内藤信成が城主に(4万石)
1615年 彦根藩へ統合されたことから廃城、建物や石垣の多くは彦根城の建材として運び去られる