武田家の三枚橋城を睨む北条水軍の拠点
長浜城ながはまじょう
場所 静岡県沼津市内浦長浜174付近
旧国郡名 伊豆国 君澤郡
別名  
種別 海城
築城時期 1579年(天正7年)
築城背景 武田家が伊豆攻略の拠点として沼津に築いた水軍城、三枚橋城への抑えと監視のため、北条家が築城
名城 私の500名城
主な城主 梶原景宗
天守 なし
主な遺構 堀切、土塁、堀、石垣
主な再建物 復元櫓、建物主柱
交通 三津港 徒歩約13分
駐車場 釣堀と共用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

1曲輪と2曲輪を連結する復元櫓
 

城址からの眺望
(左奥の富士山の麓が三枚橋城)

1曲輪横の堀跡

2曲輪の掘立柱

2曲輪から見下ろす3曲輪の弁天社

4曲輪から堀切越しに見る3曲輪
構成 駿河湾の東端、内浦湾に突き出た小さな半島を利用した海城。
城の真下には北条水軍の基地である重須港が置かれた。

南西から北西へ続く尾根の最高所に1曲輪を置き、東側の段下に2曲輪を置いて櫓で連結した。2曲輪の東には3曲輪、4曲輪を置いてそれぞれ堀切で独立させた。

土塁は海側には掻き上げず南の山側だけに掻き上げた。

本丸から北へと下っていく尾根にも、いくつか曲輪を階段状に配した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、麓の弁天社の赤鳥居のところから3分ほど登ると着く。
要所には木の階段が設けられており、安心して場内を巡ることができる。

曲輪ごとの説明版や発掘調査で見つかった柱穴から推定した掘立柱、さらには1曲輪と2曲輪を連結していたと推定される櫓が復元されている。

土塁や堀(ただし安全面を考慮しコンクリートで固められている)が残るほか、堀切跡(これもコンクリートで固められている)も見所である。

すぐそばの内浦湾と重須港、淡島などに加え、晴れていれば富士山やその下の沼津の町なども眺望でき、素晴らしい景色を楽しむことができるのも魅力である。
略歴
1579年 北条家の水軍基地とすべく築城され、水軍大将の梶原景宗が城主に
1580年 駿河湾にて北条水軍と武田水軍が海戦(駿河湾海戦)
1582年 武田家滅亡(天目山の戦
1590年 小田原城攻めにより北条家が滅亡。これを受けて廃城