総石垣の城として生まれ替わった
村上城むらかみじょう
場所 新潟県村上市本町(登城口:二之町7)
旧国郡名 越後国 岩舟郡
別名 舞鶴城、本庄城
種別 平山城
築城時期 不明(1500年代と推定される)
築城背景 揚北衆の本庄家が、居城とすべく築城。
後の城主、村上義明や堀直奇、松平直矩らが近世城郭に改修した。
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 本庄時長、本庄房長、本庄繁長、村上義明、村上忠勝、堀家、本多家、松平家、間部家、内藤家
天守 3重天守(非現存)
主な遺構 天守台、石垣、竪堀
主な再建物  
交通 JR羽越本線 村上駅 徒歩約55分
駐車場 城山児童公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る15分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登15分

本丸の虎口

三面川河口、日本海方面の眺望

四つ門跡の石垣

出櫓跡(手前)と本丸の石垣
構成 越後国北部(下越)、三面川を見下ろす標高135mの臥牛山に築かれた、総石垣の近世平山城。

山頂部の本丸、北に向かう尾根上に二の丸、三の丸を並べた連郭式の縄張り。
本丸の天守台には、3重天守があげられた。
東斜面には、多くの曲輪が並べられ、西の山麓には城主の居館が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、一部整備中ではあるが各曲輪の石垣や竪堀などが残っている。
略歴
●本庄城
1500年代 本庄時長が築城し、居城に
1509年 本庄時長が死没、子の本庄房長が城主に
1539年 本庄房長が死没、子の本庄繁長が城主に
1551年 本庄繁長、叔父の小川長資を自害させ実権を奪回
1558年 本庄繁長長尾景虎(上杉謙信)の家臣に
1561年 本庄繁長川中島の戦(第4回)に従軍
1568年 本庄繁長武田信玄の調略を受け、長尾景虎(上杉謙信)への謀反を起こす
1569年 本庄繁長長尾景虎(上杉謙信)に降伏し帰参を許される
1578年 上杉謙信死没
●村上城
1598年 上杉家の陸奥国岩代会津への移封にともない、堀秀治の家臣、村上義明が城主に。(9万石)
大改修を開始
1600年 村上義明、関ヶ原の戦で東軍につき、戦後、所領を安堵される
1604年 村上義明が死没、養嗣子だった村上忠勝が城主に
1618年 村上家が改易に
(後略)