羽黒山に築かれた蘆名盛氏の隠居城
向羽黒山城むかいはぐろやまじょう
場所 福島県大沼郡会津美里町本郷(登城口:会津美里町瀬戸町甲4472付近)
旧国郡名 陸奥国岩代 大沼郡
別名 岩崎城
種別 山城
築城時期 1568年(永禄18年)
築城背景 蘆名家全盛をもたらした蘆名盛氏の隠居所として築城
名城 続日本100名城 
主な城主 蘆名盛氏、伊達家、蒲生家、上杉家
天守 天主櫓が存在したと言われる
主な遺構 石垣、土塁、空堀
主な再建物  
交通 JR磐越西線 会津本郷駅 徒歩約60分
駐車場 白鳳山公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜15分登る〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登15分

山頂の本丸を見上げる

二の丸の虎口

弁天曲輪の岩崎弁天社

弁天曲輪からの眺望
構成 陸奥国岩代会津の町の南、大川(阿賀川)を見下ろす標高409mの岩崎山(向羽黒山)に築かれた広大な山城。

山頂部に本丸(実城)を置き、階段状に配された弁天曲輪、二の丸曲輪群、三の丸曲輪、西上段曲輪群、北曲輪など数々の曲輪から構成された。

山裾には、蘆名盛氏の屋敷が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 白鳳山公園となっており、弁天曲輪までは車で登って行ける。

土塁、堀切、竪堀、石垣などの遺構が残っている。
略歴
1561年 蘆名盛氏が隠居城として築城を開始し、黒川城(のちの会津若松城)から移る
(中略)
1566年 敵対してきた二階堂盛義と和睦
1574年 子で蘆名家当主の蘆名盛興が死没、二階堂盛義の子、二階堂盛隆を養子とし家督を継がせる
1580年 蘆名盛氏、死没
1589年 摺上原の戦で蘆名家が滅亡。
伊達政宗の支配下に
1590年 奥州仕置
伊達政宗陸奥国陸前玉造郡など58万石へ減封の上転封に
1591年 会津を拝領し、黒川城(会津若松城)主となった蒲生氏郷の支配下に
1595年 蒲生氏郷、死没
1598年 越後国から転封になった上杉景勝の支配下に
1600年 関ヶ原の戦で、上杉景勝が味方した西軍が敗北
1601年 上杉景勝、米沢30万石に減封の上、移封に。これにより廃城