桔梗山に築かれた茂木家400年の居城
茂木城もてぎじょう
場所 栃木県芳賀郡茂木町小井戸14付近(登城口)
旧国郡名 下野国 芳賀郡
別名 桔梗城
種別 平山城
築城時期 1192年(建久3年)
築城背景 八田知家の三男、知基が居城とすべく築城し茂木氏を名乗った
名城 私の500名城
主な城主 茂木知基、茂木知貞、茂木知世、茂木朝音、茂木基知、茂木満知、茂木知政、茂木知行、茂木持知、茂木治重、茂木治良
天守 なし
主な遺構 土塁、堀切、空堀
主な再建物 模擬見張櫓、模擬橋
交通 真岡鉄道線 茂木駅 徒歩約18分
駐車場 城山公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る3分〜本曲輪
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

茂木城

本曲輪から堀を見下ろす

出丸の堀に架かる模擬橋

城跡から望む茂木の町 
構成 下野国東端、茂木郷を見下ろす標高165mの桔梗山に築かれた平山城。

城域南西隅の最高部に本曲輪を置き、北に兵糧蔵を置いた二の丸、その東に三の丸、本丸の東に出丸を、その北側には広大な馬場を配した。

これらの曲輪に囲まれた100m四方ほどの平地は千人溜と呼ばれ、溜池があった。
千人溜の東、出丸の北に大手が開かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城山公園として綺麗に整備されており、各曲輪や土塁、堀などが遺構として保存されている。

比高80mと、山城に近い平山城ではあるが、本丸と出丸の間の平坦部に専用駐車場があり、車での見学は大変便利である。
略歴
1192年 鎌倉の御家人、八田知家の三男、知基が居城とすべく築城し茂木氏を名乗った
(中略)
1466年 享徳の乱で幕府方についた城主、茂木知行、古河公方勢に茂木城を攻められ降伏
その後、那須資房が城主に。
1497年頃 城主、茂木持知、常陸国の佐竹義舜と同盟
1560年 越後国長尾景虎(上杉謙信)が関東へ出兵してくると、常陸国佐竹義重とともにこれに従う
1585年 北条家・結城家連合軍に攻められ、一時茂木城を奪われるが、佐竹家の援軍を得て取り戻す
1587年 益子家・結城家の連合軍に攻められるが、城主、茂木治良がこれを撃退
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めが起こると、城主、茂木治良は佐竹家に従い小田原に赴き秀吉に謁見、戦後は所領を安堵される
1592年 文禄の役の際、城主、茂木治良は名護屋に在陣
1594年 茂木治良、常陸国小川城へ転封、替わって佐竹家家臣、須田盛秀が城代に
1602年 佐竹義宣出羽国羽後へ転封、これにより廃城