陸奥の名族、南部家の新たな居城
盛岡城もりおかじょう
場所 岩手県盛岡市内丸1
旧国郡名 陸奥国陸中 岩手郡
別名 不来方城(こずかた)
種別 平山城
築城時期 1598年(慶長3年)
築城背景 北方にあって不便な九戸城(福岡城)(陸奥国陸奥)に替わって、南部信直が20万石の大名の居城として築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 南部信直、南部利直、南部重直
天守 天守に相当する三階櫓(非現存)
主な遺構 堀、石垣
主な再建物 模擬橋
交通 JR東北新幹線 盛岡駅 徒歩約17分
駐車場 城域周辺の有料駐車場
徒歩・登山 盛岡城跡公園地下駐車場〜3分登る〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

榊山曲輪の高石垣

本丸と二の丸の間の空堀と模擬橋

虎口に見せかけた二の丸の石垣

本丸からの雪景色 

三の丸北の堀
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構成 陸奥国陸中中央、北上川と中津川の合流地点の丘陵に築かれた平山城。

高石垣に囲まれた主郭部は、本丸、二の丸、三の丸を東西に並べた連郭式縄張りで、本丸南の隅に天守替わりの三階櫓が建てられ、本丸の周囲には腰曲輪がめぐり、南隅には二階櫓があげられた。
本丸と二の丸の間の空堀には、御廊下橋が架けられた。

主郭部の石垣の周囲にも曲輪が広がり、米蔵、台所、勘定所などとなっており、その周囲は中津川から引き込んだ水堀を廻らせていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 盛岡城跡公園となっており、石垣をふんだんに使用した縄張りは圧巻である。
本丸と二の丸の間の空堀には、朱塗りの木橋が架けられている。
略歴
1598年 南部信直が、嫡男の南部利直に命じて築城開始。
1599年 城主、南部信直が死没。
子の南部利直が城主に。(二代目盛岡藩主)
その後、度重なる洪水のため、築城工事は難航。
1632年 城主、南部利直が死没。
子の南部重直が城主に。(三代目盛岡藩主)
1633年 完成。
1634年 落雷により天守が消失。
(後略)