能登へ向かう荒山街道を扼する山城
森寺城もりでらじょう
場所 富山県氷見市森寺2315付近
旧国郡名 越中国 射水郡
別名 湯山城、井口城、井山城
種別 山城
築城時期 15世紀末?
築城背景 能登守護、畠山義統が、越中国進出の拠点として築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 畠山家、湯山家、長沢光国、河田主膳(上杉家城代)、斎藤家(佐々家城代)、前田家
天守  
主な遺構 土塁、石垣、空堀、竪堀、堀切
主な再建物  
交通 JR氷見線 氷見駅 約8.3km
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登7分

牛ヶ窪付近の堀切

百間馬場

主郭北側

二の丸の石垣

本丸の石垣
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構成 能登半島の付け根、氷見から荒山峠越えで北の七尾へ向かう荒山街道そばの、標高162mの御殿山一帯に築かれた山城。

主郭は井戸のある二の丸とその南西隅の本丸で、一部石垣造りであった。
西の段下には花畑や本町と呼ばれた曲輪が置かれた。

主郭の南にはサイダ屋敷、野崎屋敷、金戸山などの広い曲輪が配され、また北の搦め手へ向かう尾根にもいくつかの曲輪が配された。その尾根道には数か所の堀切が切られ、尾根道に平行する細長い百間馬場も置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 市の史跡として整備されており、北の搦め手口に駐車場から本丸まではゆるい登りや歩きで7分ほどで到着する。

堀切や土塁、井戸、主郭部の石垣などが遺構として残り、見どころは多い。
略歴
15世紀末? 能登守護、畠山義統が築城
(中略)
1576年 上杉謙信の侵攻を受け落城、城主、長沢光国は上杉家の臣下に
長沢光国、松波義親の松波城を後略
長沢光国、穴水城へ移る
  その後、河田主膳が城代に
1577年 上杉謙信七尾城を攻略
1578年 上杉謙信が急死
能登国越中国を平定した織田信長の部将佐々成政の支配下に
1585年 羽柴(豊臣)秀吉の越中征伐を受け佐々成政が降伏
これを受け廃城に