四五百森に蒲生氏郷が築いた
松坂城まつさかじょう
場所 三重県松阪市殿町1536付近
旧国郡名 伊勢国 飯高郡
別名 松阪城
種別 平山城
築城時期 1588年(天正16年)
築城背景 伊勢国松ヶ島12万石と松ヶ島城を拝領した蒲生氏郷が、内陸にあって城下町を発展させやすい当地に新城を築いた
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 蒲生氏郷
天守 3重5階天守(非現存)
主な遺構 石垣、天守台、本居宣長の旧宅(移築)
主な再建物  
交通 JR紀伊本線 松阪駅 徒歩約10分
駐車場 市営運動場そばの無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩5分〜登城口〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

松坂城天守台

横矢の掛かった高石垣

月見櫓跡から金の間櫓跡を望む

月見櫓跡から望む松阪市街
構成 伊勢国のほぼ中央、伊勢湾から少し離れた四五百森(よいほのもり)の小高い丘を利用して築かれた梯郭式の平山城。

最高地点の本丸を中心に、南にきたい(希代)丸、東に隠居丸と二の丸を置いて主郭部とし、各曲輪は石垣造りであった。
その周囲に三の丸が広がり、その外郭に3.5〜4間(6〜7m)の高さの土塁と水堀を廻らせた。

本丸の四隅に二重櫓を建て、さらに本丸の西側の一段高くなった天守曲輪には、3重5階の天守が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備され、主郭部の各曲輪を廻ることができる。
主郭部の石垣はほぼ完全に残っている。
隠居丸には、本居宣長の旧宅、鈴屋が移築されている。

三の丸は市街化されており、市民病院、高校、グラウンド、駐車場などとなっている。
略歴
1588年 伊勢国松ヶ島城主の蒲生氏郷(12万石)が、新たな居城とすべく築城
1590年 蒲生氏郷陸奥国岩代会津へ転封(約91万石)
1591年 服部小平太(一忠)が城主に。(3万5千石)
1595年 服部小平太(一忠)が秀次事件に連座し自害
古田重勝が城主に。(3万5千石)
1600年 関ヶ原の戦で、城主、古田重勝が東軍についたことから、戦後2万石を加増される
城主、古田重勝が死没。家督を相続した弟の古田重治が城主に
1619年 紀伊徳川家領に
1644年 台風により天守が倒壊
(後略)