鎌倉時代の守護家の居城
松尾城まつおじょう
場所 長野県飯田市松尾代田1114(付近)
旧国郡名 信濃国 伊那郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1340年頃(南北朝時代)
築城背景 信濃国守護、小笠原貞宗が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 松尾小笠原家
天守 なし
主な遺構 空堀、土塁
主な再建物  
交通 JR飯田線 毛賀駅 徒歩約30分
駐車場 松尾鈴岡公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

本曲輪

本曲輪からの眺望

大堀
 

二曲輪から堀越しに見る
鳥屋場(トヤバ)
構成 信濃国下伊那、天竜川の支流、北の沢川と毛賀沢川に挟まれた河岸段丘に造られた平山城。

本曲輪、二曲輪、三曲輪を東から西に直線状に並べた連郭式の縄張りで、各曲輪は深い空堀によって隔てられた。

元々の城域は、これらの曲輪の北西部にあったようで、南古城、北古城、元本城などの曲輪も存在した。

毛賀沢川を挟んですぐの丘陵は、惣領家と守護職を争った、鈴岡小笠原家の居城、鈴岡城である。
縄張図
または
現地
案内図
現状 松尾鈴岡公園となっており、遺構は、大堀や曲輪間の空堀など。

本曲輪は公園、二曲輪は駐車場、トヤバは芝生広場などとなっている。
略歴
1340年頃 守護、小笠原貞宗が築城
(中略)
1441年 嘉吉の乱をきかっけに、三家が対立。(深志小笠原家、松尾小笠原家、鈴岡小笠原家)
(中略)
1554年 城主、小笠原信嶺、武田晴信(信玄)に攻められ降伏、臣下に
1582年 織田信長の武田攻め(天目山の戦)が始まると、小笠原信嶺はすぐに降伏、武田攻めの先陣を務める
本能寺の変が起こると、小笠原信嶺は徳川家康につく。これにより、本領を安堵される
1590年 小笠原信嶺、武蔵国本庄に転封となり、これにより廃城