小笠原家が築城した深志城が全身。国宝5城のひとつ
松本城まつもとじょう
場所 長野県松本市丸の内
旧国郡名 信濃国 筑摩郡
別名 深志城、黒烏城、烏城
種別 平城
築城時期 1504年(永正元年)
築城背景 信濃国守護、小笠原貞朝が、主城の林城の支城として島立貞永に築城させ、深志城と名づけた。
名城 国宝5城  日本100名城  私の500名城  現存12天守
主な城主 小笠原貞朝、小笠原長時、武田家、木曾義昌、小笠原貞慶、石川数正、石川康長、小笠原秀政
天守 複合連結式層塔型5重6階
大天守、乾小天守を渡櫓で連結し、辰巳附櫓、月見櫓を付属(現存)
主な遺構 大天守、小天守、櫓、堀、石垣、土塁、土蔵
主な再建物 城門
交通 JR信越本線 松本駅 徒歩約15分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 南側の大手交差点〜徒歩7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩7分

連結式天守(乾小天守、大天守)と
内堀に架かる赤い埋橋

天守から内堀や埋橋を見下ろす

大天守、巽付櫓、月見櫓

本丸の黒門枡型(復元)

外堀と二の丸の太鼓門枡型

二の丸の太鼓門枡型
構成 松本平を南北に通る北国西街道沿いの町、深志(松本市)の平地に築かれた平城。

内堀に囲まれた本丸の南西の隅には、5重6階の大天守と3重4階の乾小天守を渡櫓で結び、それに巽附櫓と月見櫓が連結した、黒を基調とした連結式天守がそびえる。

本丸には本丸御殿が存在し、堀を隔てた南側に二の丸御殿のあった二の丸、その外側には外堀が、外堀の外には三の丸が広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 松本城公園として整備されている。
大天守や乾小天守は1595年に完成したといわれ、修築を経てはいるものの、ほぼ当時のまま現存しており、国宝に指定されている。

本丸と二の丸との間の黒門、二の丸への入り口である太鼓門なども再建されている。
略歴
1504年 信濃国守護、小笠原貞朝が、家臣の島立貞永に築城させ、深志城と名づける
1550年 武田信玄小笠原長時を攻め追放し、馬場信春(信房)を城代に入れる
その後、武田家の信濃国経営の重要拠点に
1582年 武田家滅亡、本能寺の変のあとに起こった天正壬午の乱により、徳川家康信濃国を掌握
また、旧領である深志回復に成功し、家康の家臣となった小笠原貞慶が、そのまま城主に
松本城に改名
1590年 豊臣秀吉小田原城攻め後の徳川家康の関東移封により、石川数正が城主に(10万石)(初代松本藩主)
その後、城の大改修と城下町の整備を開始
1595年 大天守と小天守が完成
1613年 大久保長安事件への連座の嫌疑から、石川家が改易
小笠原秀政が城主に(8万石)
(後略)