道内唯一の藩、松前藩の居城
松前城まつまえじょう
場所 北海道松前郡松前町松城129
旧国郡名 蝦夷国 渡島国
別名 福山館、福山城
種別 平山城
築城時期 1606年(慶長11年)
築城背景 松前慶広が、それまでの徳山館に替わる陣屋として築城し、福山館と呼んだのが始まり

幕末にロシア艦隊などからの脅威に備え大改築し、福山城と呼ぶようになった
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 松前慶広、松前公広、松前氏広、松前高広、松前矩広、松前邦広、松前資広、松前道広、松前章広
天守 独立式層塔型3重3階天守(非現存)
主な遺構 本丸御門、御殿玄関、堀、石垣、土塁
主な再建物 独立式層塔型3重3階天守(外観復元)
交通 北海道新幹線 木古内駅 約56km
駐車場 専用無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

本丸御門(現存)と再建天守

本丸御殿玄関

天守からの眺望

内堀 
構成 蝦夷地(蝦夷国)南西端、松前の、津軽海峡を望む丘陵の突端に築かれた平山城。

高崎藩の軍学者、市川一学の縄張りによる幕末の本格築城により3重天守があげられ、本丸、内堀を隔てた東側に二の丸、それらの南の段下の三の丸から構成された。

天守のほかにも3基の櫓があげられ、本丸には厳冬を考慮して、二階部分の高さを低くし切妻屋根を採用した御殿が建てられた。

砲弾に備え、城壁には鉄板を埋め込み、天守の壁の中には竹よりも丈夫な欅板を仕込んだ。

また三の丸には7つの砲台を置き、海上の敵を攻撃することができた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 天守に接続する本丸御門や石垣、土塁、水堀などの遺構が残されている。

火災により喪失した天守に替わり外観復元された天守は、松前城資料館(有料)となっている。
略歴
1600年 福山館として松前慶広が築城
(中略)
1854年 大改修され、松前城と改称
1868年 五稜郭が旧幕府軍の榎本武揚らに占領される
土方歳三率いる700名により、手薄な搦め手から攻められ落城
1869年 旧幕府軍が降伏、松前家が城に復帰
1871年 新政府軍が領有
1875年 ほとんどの建物を解体