信濃との国境、碓氷峠の東の山城
松井田城まついだじょう
場所 群馬県安中市松井田町高梨子(1192の南西300m)
旧国郡名 上野国 薄井郡
別名  
種別 山城
築城時期 1560年頃(永禄元年頃)
築城背景 安中忠政が武田家の佐久方面からの侵攻に備えて築城し居城とした(推定)
名城 私の500名城
主な城主 安中忠政、北条家、織田家、大道寺政繁(北条家)
天守 なし
主な遺構 堀切、竪堀、土塁
主な再建物  
交通 JR信越本線 西松井田駅 徒歩約40分
駐車場 あり(城域の北の中腹)
徒歩・登山 駐車場〜10分登る〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

門跡の積石

本丸と二の丸を分ける大堀切

本丸奥の虚空蔵堂
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構成 上野国西端、信濃国との国境である碓氷峠の東、松井田の町と碓氷川を見下ろす標高396mの山を中心築かれた山城。

主郭は東の本丸と堀切で断ち切った西の二の丸。

本丸から東南に伸びる尾根には、狼煙台、安中郭が置かれ、そのほかにもいくつか曲輪が置かれた。

南側は断崖であったが、防備の手薄な二の丸の西側は堀切を連続させ、主郭から北へ伸びる3本の尾根も、堀切や連続竪堀などで防備を固めた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として残されており、要所には案内板も立てられている。

堀切や竪堀、横堀といった遺構が残されているが、横堀などはかなり自然堆積が進んでいる。全体的に雑木の林と化しており歩きにくく、また城跡からの眺望もよくない。

本丸の奥の段上には虚空蔵堂があって虚空蔵菩薩が祀られている。
略歴
1560年頃 安中忠政が築城し居城に
(中略)
1564年 武田晴信(信玄)に安中城を攻められ、忠政の子の安中忠成は降伏。松井田城主の忠政は抗戦するも落城し自害
武田家家臣、市川国貞が城代に
1573年 武田信玄死没
1582年 天目山の戦で、武田家が滅亡
一旦北条家が所有するが、織田信長の家臣、滝川一益が奪取
本能寺の変織田信長が死没
神流川の戦で北条家に敗北した滝川一益が、上野国から撤退
北条氏直の重臣、大道寺政繁が城主となり、城を大改修
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めにより、上杉景勝前田利家真田昌幸に攻められ降伏、開城
廃城