揖斐川河口に築かれた水城
桑名城くわなじょう
場所 三重県桑名市吉之丸9
旧国郡名 伊勢国 桑名郡
別名 九華城(くわな)、扇城、東城
種別 平城
築城時期 1186年(文治2年)
築城背景 鎌倉時代、伊勢平氏である桑名三郎行綱が居城とすべく築城。
名城 私の500名城
主な城主 伊藤実房、滝川一益、氏家行広、一柳右近、本多忠勝、本多忠政、松平(久松)定勝
天守 4重6階天守(非現存)
主な遺構 堀、石垣、天守台
主な再建物 蟠龍櫓
交通 JR関西本線 桑名駅 徒歩約15分
駐車場 市民プールそばの無料駐車場(プール開催時は有料)
徒歩・登山 駐車場〜徒歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

天守台

二の丸の堀

三の丸の堀

再建された蟠龍櫓
構成 伊勢国北部、尾張国との国境を流れる揖斐川の河口に近い平地に築かれた平城。

本丸を中心に内堀を隔てて、南に二の丸、北に三の丸、東に朝日丸を配した。
それら主郭の周囲にも堀を廻らせ、周囲を侍屋敷が取り囲むように防御し、その東は揖斐川が天然の外堀となり、南から西にかけては、さらに堀を廻らせていた。

本丸の北東隅には、神戸城から1595年に移築した4重6階の天守があげられ、城内には63の城門と95の櫓が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸付近は九華公園となっており、水堀が残っている。
天守台の石垣は当時のものではなく、後年再建されたもの。
三の丸の北の船入そばに、蟠龍櫓が再建(形状は推定)されている。
三の丸の堀川東岸に、わずかだが当時の石垣が残っている。
略歴
1186年 桑名行綱が築城
(中略)
1504年頃 伊藤実房の居城に
1567年 織田信長の家臣、滝川一益らが北伊勢を攻略
滝川一益の支配下に
1582年 滝川一益天目山の戦で、武田攻めで貢献
これにより滝川一益は、上野国一国と信濃国の小県郡と佐久郡を加増される
本能寺の変
1583年 滝川一益賤ヶ岳の戦柴田勝家に味方するが敗戦
羽柴(豊臣)秀吉に攻められ降伏
1590年 氏家行広が城主に。(2万2千石)
1591年 一柳右近が城主に
1600年 関ヶ原の戦
1601年 本多忠勝が城主に。(10万石)
本多忠勝、城を大改修
1609年 本多忠勝が隠居し、子の本多忠政が城主に
1610年 本多忠勝が死没
1617年 本多忠政、播磨国姫路へ転封。(15万石)
替わって、家康の異父弟である松平(久松)定勝が城主に。(11万石)
(後略)