長府南西の小岬の海城
櫛崎城くしざきじょう
場所 山口県下関市長府外浦町1
旧国郡名 長門国 豊浦東郡
別名 串崎城、雄山城、長府城、府中城
種別 平山城
築城時期 940年頃(天慶3年頃)
築城背景 藤原純友の配下、稲村平六景家が築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 勝間田盛長(内藤隆春の城番)、毛利秀元
天守 不詳
主な遺構 石垣
主な再建物 天守台(復元)
交通 JR山陰本線 長府駅 約50分
駐車場 関見台公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜本丸〜1分登る
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登1分

遺構の石垣(大手門二重櫓跡)

遺構の石垣

天守台(復元)

三の丸(?)の豊功神社から望む
周防灘
構成 長門国の国府、長府にある小さな岬に築かれた海城(平山城)。

岬の南端の崖上に本丸を置いて天守台を築き、その北には広大な二の丸を、さらにその北にも広大な曲輪(三の丸?)を置いた。

天守台には天守が築かれたと思われるが、詳細はわかっていない。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸部は関見台公園となっており、石垣による天守台が再建されている。
すぐ下に駐車場もある。

二の丸は宅地化されているが、北側の住宅は遺構である石垣の上に建てられている。

三の丸(?)には豊功神社が建っており、長府藩主であった毛利秀元の尊影がある。
略歴
940年頃 稲村平六景家が築城(推定)
(中略)
1569年頃 内藤隆春が築城し、家臣の勝間田盛長を城番に
1600年 関ヶ原の戦後の処分で周防国長門国29万石に大減封され、長府藩主となった毛利秀元が城主となり、雄山城と改名
1615年 一国一城令により廃城