赤井悪右衛門が居た丹波の山城
黒井城くろいじょう
場所 兵庫県丹波市春日町黒井2273付近(登城口)
旧国郡名 丹波国 氷上郡
別名 保月城、保築城
種別 山城
築城時期 1335年頃(建武2年頃)
築城背景 足利尊氏から丹波国春日を拝領した赤松貞範が築城(異説あり)
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 赤松家、荻野家、赤井直正(悪右衛門)斎藤利三堀尾吉晴
天守 不明
主な遺構 石垣、土塁、空堀、堀切
主な再建物  
交通 JR福知山線 黒井駅 徒歩約15分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 登城口〜30分登る〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登30分

東麓から望む黒井城

石踏の段跡の城門風休憩施設

東曲輪から見た三の丸の石垣

本丸の石垣

「保月城」の碑の立つ本丸

城跡から望む黒井市街
構成 丹波国西部、福知山と篠山の中間の町、春日を見下ろす標高357m(比高240m)の猪ノ口山に築かれた山城。

山頂部の主郭(本城)は西曲輪、本丸、二の丸、三の丸、東曲輪が連続して並べられ、一部石垣が使用されている。本丸と二の丸の間は堀切で隔てられていた。

また、北の丸、西の丸、水の手曲輪、東出丸、石踏の段、太鼓の段、三段曲輪などの曲輪を周囲の段下に配し、さらには麓には数多くの砦を巡らせ防備した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 八木城、八上城とともに丹波三山城のひとつであり、国の史跡として整備されている。

南麓に専用駐車場がありそこからの登城となるが、整備状態の良くない山道のため登山靴が必須。

主城部の遺構としては、石垣や堀切などが残されている。
略歴
1335年頃 赤松貞範が築城
(中略)
1532年 荻野氏が城主に
1554年 城主、荻野秋清、家臣の荻野(赤井)直正に留堀城にて殺害される
荻野(赤井)直正が城主に
1557年 荻野(赤井)直正、実家の赤井氏を支配下に
1565年 赤井直正、敵対してきた三好氏を攻めて追い、八木城の内藤氏を攻略
1570年 赤井直正織田信長に臣従
1571年 赤井直正但馬国の山名氏と敵対したことから織田信長とも敵対
1575年 織田信長の重臣、明智光秀の丹波攻めが始まる
八上城の波多野秀治が織田氏を裏切り味方となったことから赤井直正は明智勢に勝利。(黒井城の戦(第一次))
1578年 城主、赤井直正、病死
明智勢が黒井城を攻略
明智光秀の家老、斎藤利三が城主に
1579年 春日局、斎藤利三の娘として誕生
1582年 本能寺の変
  堀尾吉晴が城主に(6300石)
1583年 堀尾吉晴若狭国高浜(1万7千石)へ転封、これにより廃城