朝倉勢に徹底抗戦した粟屋家の城
国吉城くによしじょう
場所 福井県三方郡美浜町佐柿18(登城口)
旧国郡名 若狭国 三方郡
別名  
種別 山城
築城時期 1556年(弘治2年)
築城背景 若狭国守護、武田家家臣の粟屋勝久が居城とすべく築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 粟屋勝久、木村定光
天守  
主な遺構 石垣、土塁、堀切
主な再建物  
交通 JR小浜線 美浜駅 徒歩約35分
駐車場 若狭国吉城歴史資料館の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩1分〜居館跡〜登30分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登30分

歴史資料館

麓の館跡

麓の館跡

山城部
構成 若狭国東部、御嶽山の北西の町、佐柿を眼下に望む標高197mの山(城山)に築かれた山城。

麓には石垣を伴う曲輪群が置かれ、城主の居館などが建てられていた。

山城部は、山頂に石垣を一部使用した本丸を置き、北西へ降る尾根に平削した複数の曲輪を並べ、本丸の西の段下に二の丸(出丸とも)を置いた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、山城部には石垣や土塁が残る。

2002年以降の発掘調査により、石垣や石造りの排水溝などが見つかっており、歴史資料館も建てられている。
略歴
1556年 粟屋勝久が築城し居城に
1563年 この頃より、越前国守護の朝倉義景から毎年のように攻撃されるが守りきる
1568年 若狭国守護で主君の武田元明が、朝倉義景の攻勢を受け囚われるが、粟屋勝久は国吉城にて抗戦を継続
1570年 織田信長の朝倉攻めが始まると、これに協力、国吉城は信長の本陣に
金ヶ崎の退き口で、織田信長が帰京
1573年 一乗谷攻めの際、粟屋勝久は囚われていた武田元明を救出
戦後、信長の重臣、丹羽長秀若狭国一国を拝領すると、粟屋勝久はその与力に
(中略)
1583年 越前国など12万石を拝領した秀吉の家臣、木村重滋の支配下に
  (後略)