菊池家家老、隈部家の旧城
隈部館くまべやかた
場所 熊本県山鹿市菊鹿町上永野(上永野1612の北約200m)
旧国郡名 肥後国 山鹿郡
別名 猿返城、永野城
種別 平城
築城時期 ????年(????年)
築城背景 国人、隈部家が築城
名城 私の500名城
主な城主 隈部親永
天守 なし
主な遺構 石垣、空堀、土塁、建物礎石
主な再建物  
交通 九州新幹線 新玉名駅 約32km
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

馬屋への入り口(堀底道)

主郭南の堀切(空堀)

枡形虎口の石垣

主郭の建物礎石
構成 肥後国北部、合瀬川温泉(菊鹿温泉)の北約1里(4km)の、緩やかな傾斜地に築かれた平城。

北東背後に標高685mの城床と呼ばれる山には猿返城があって、この館の詰の城であった。

広い主郭と、北側の斜面を平削した数多くの小曲輪群、主郭の南の馬屋(曲輪)などからなる縄張りで、主郭の南は堀切で馬屋を隔て、土橋から続く虎口は石垣虎口となっていた。

主郭背後の斜面は小さめの2本の堀切で断っていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国史跡に指定され整備されている。

石垣虎口、堀切、土塁などの遺構が残るほか、本丸の館の建物礎石や庭園跡の石などが発掘展示されている。

場所はややわかりづらく、菊鹿温泉街から案内板を頼りに向かうも迷ってしまった。
菊鹿町上永野1612番地をまずは目指し、その北約200mの当地を目指すのが無難。
略歴
????年 隈部家が築城
  (中略)
1559年 領土問題などから対立した赤星親家に攻められるが勝利。(合勢川の戦)
  その後、赤星家が大友家を頼った為、隈部家は龍造寺隆信と結んでこれに対抗
1573年 隈部親永が家督を相続
1573年 龍造寺政家が赤星家の隈府城を攻略
1581年 隈部親永、隈府城に居城を移す。これにより隈部館は隈府城の支城に
1587年 豊臣秀吉九州攻めを受け、隈部親永は秀吉に降伏
肥後国に国一揆が起こる
その後廃城