家康を会津に迎え撃つための巨城
神指城こうざしじょう
場所 福島県会津若松市神指町本丸
旧国郡名 陸奥国岩代 会津郡
別名  
種別 平城
築城時期 1600年(慶長5年)
築城背景 居城の会津若松城では拡張が難しいことから、上杉景勝が家老の直江兼続に命じて会津若松城の北西の神指ヶ原に新城を築城させた。(ただし未完のまま翌年に廃城)
名城 私の500名城
主な城主 上杉景勝
天守 計画のみ
主な遺構 土塁
主な再建物  
交通 JR磐越西線 七日町駅 徒歩約40分
駐車場 本丸そばの駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

本丸跡
 

城の鬼門(北東)にある
高瀬の大木(大けやき)

本丸跡
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構成 陸奥国岩代会津盆地の中央やや南部の神指ヶ原に築かれた平城。

本丸は高さ約20mの石垣と土塁に囲まれ、一辺が約300mのほぼ正方形をした広大なもの。
その外に幅約60mの内堀を廻らせ、その外側には広大な二の丸を廻らせた輪郭式の縄張りで、 これら主郭部は、会津若松城の二倍の面積があった。

二の丸の外にも外堀を廻らせたが、西側は南北に流れる大川(阿賀川)が天然の外堀となった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸跡の土塁がわずかに残るだけだが、説明板が設置されている。

二の丸の北東隅の土塁にある高瀬の大けやきは、築城当時に城の鬼門の守護木とされたが、今も残っている。
略歴
1600年 上杉景勝が、会津若松城に替わる居城とすべく、家老の直江兼続に命じして築城。
関ヶ原の戦で、上杉景勝が味方した西軍が敗北。
1601年 上杉景勝、米沢30万石に減封に。これに伴い廃城。