二度の国府台合戦の舞台
国府台城こうのだいじょう
場所 千葉県市川市国府台3
旧国郡名 下総国 葛飾郡
別名 鴻之台城
種別 平山城
築城時期 1479年(文明11年)
築城背景 太田道灌が築いた砦を、のちに弟の太田資忠が改修し築城
名城 私の500名城
主な城主 太田資忠、千葉家、里見家、北条家
天守 なし
主な遺構 土塁、空堀、物見台
主な再建物 模擬石垣
交通 北総線 矢切駅 徒歩約15分
駐車場 江戸川沿いの無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登2分

物見台跡

模擬石垣

城跡から望む江戸川と武蔵国
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構成 下総国の南西端、武蔵国との国境を流れる江戸川の河岸段丘上に築かれた平山城。

南北に細長い城域に、曲輪をいくつか並べた連郭式の縄張り。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は里見公園となっており、土塁や空堀跡、物見台などが残っている。

物見台そばに石垣が積まれ、虎口跡かと思わせるが、これは公園化されたときのものとのこと。

主郭部以外は市街化されている。
略歴
1479年 太田資忠が築城
太田資忠、臼井城の千葉孝胤を攻めた際、戦死
(中略)
1538年 国府台合戦(第一次)の際、小弓公方足利義明、真里谷信応、里見義堯らが入城し、古河公方の足利高基や北条氏綱と対立するが古河公方・北条連合軍が勝利。
これにより下総国は北条家の影響下に
1564年 国府台合戦(第二次)の際、里見義弘が1万2千の大軍で入城するが、北条綱成に大敗
1590年 豊臣秀吉小田原城攻め後、関東に転封されてきた徳川家康により廃城に