北条早雲のはじめての持城
興国寺城こうこくじじょう
場所 静岡県沼津市根古屋414付近
旧国郡名 駿河国 駿東郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1487年頃(文明19年頃)
築城背景 駿河国守護、今川家から興国寺領を与えられた北条早雲が、領地支配の拠点として築城。
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 北条早雲、武田家、北条家、牧野正康、松平清宗、河毛重次、天野康景
天守 不明
主な遺構 天守台、石垣、空堀
主な再建物  
交通 東海道本線 原駅 徒歩約20分
駐車場 城跡の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

天守台の石垣

西櫓台から見下ろす
本丸と本丸の土塁と二の丸

天守台北の空堀
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構成 駿河国東部、愛鷹山の裾野の台地を利用した平山城。

北から、本丸、二の丸、三の丸と配した連郭式の縄張りで、各曲輪間には空堀を穿ち、城地の東には蓮池が、南側には水堀を配していた。

本丸の北側には石垣を使用した天守台が、そしてそのすぐ西には西櫓台と呼ばれる小さな曲輪があった。

各曲輪の周囲には土塁を高く掻き揚げていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 現在は城跡として整備中。本丸の奥は穂見神社となっており、早雲などの石碑が置かれている。
空堀は保存度が比較的良いが、水堀や蓮池はほぼ埋まってしまっている。
城地のすぐ北を新幹線が三の丸には根方街道が通っている。
略歴
1487年頃 北条早雲が築城し城主に
1491年 北条早雲の家老、富永政家が城主に
1493年 北条早雲が1491年に伊豆国韮山城を居城にしたため、今川家管轄に
(中略)
1536年 今川家が武田家と同盟したことに激怒した北条氏綱が、駿東郡に侵攻し支配下に
1545年 今川義元が駿東郡の北条家を追い、再び支配下に
1549年 今川義元が城を改修
1551年 再び北条家が城を奪う
今川家が城を奪い返す
1554年 相甲駿三国同盟が締結される
1568年 相甲駿三国同盟が破棄され、北条氏政北条氏邦駿河国に侵攻、北条家の支配下に
1570年 武田家に攻められるが守りきる
1571年 再び武田家に攻められるが守りきる
武田家、北条家が和睦、武田家家臣穴山梅雪の支配下に
1582年 天目山の戦で武田家が滅亡
天正壬午の乱
徳川家康駿河国を支配し、その家臣、牧野正康が城主に
松平清宗が城主に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻め後の徳川家康の関東移封により、中村一氏駿府城主になり、その家臣、河毛重次が城主に
1601年 徳川家康の家臣、天野康景が城主に
1607年 天野康景が改易になったことから、廃城