山内一豊夫妻の功名の成果
高知城こうちじょう
場所 高知県高知市丸の内1-2
旧国郡名 土佐国 土佐郡
別名 河中山城(こうちやま)、高智山城
種別 平山城
築城時期 1603年(慶長8年)
築城背景 土佐国国主となった山内一豊が、大高坂山に築城。河中山城と名づけた。
名城 日本100名城  私の500名城  現存12天守
主な城主 山内一豊、山内容堂
天守 独立式望楼型4重6階(現存)
主な遺構 天守、本丸正殿、多聞櫓、納戸蔵、黒鉄門、詰門、廊下門、追手門、塀、石垣、堀
主な再建物  
交通 市電 高知城前駅 徒歩約5分
駐車場 東側の公園駐車場(有料)など
徒歩・登山 駐車場〜登る7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登7分

現存天守と現存本丸御殿

黒鉄門

山内一豊の妻、千代の銅像

内堀越しに望む主郭部
構成 高知平野の小山、大高坂山に築かれた平山城。

4重6階の天守を置く本丸には、天守台は存在しない。
本丸の北側の段下に二の丸、その東側の段下に三の丸、という梯郭式の縄張り。
本丸の西側に御台所屋敷のある曲輪があった。

大手は東、搦め手は西で、搦め手門の脇に西の丸が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 高知公園となっている。
初めの天守は1727年の火災で焼失したが、1753年に築城当時のまま再建された。

日本の城郭で唯一現存する本丸正殿(懐徳館)のほか、多聞櫓、二の丸から本丸への入り口である廊下門、本丸の搦め手門である黒鉄門などが現存している。
略歴
1601年 土佐国国主となった山内一豊が、大高坂山に築城を開始(9万8千石)
1603年 完成。河中山城(こうちやま)と名付け居城に
1605年 山内一豊が死没
養子の山内忠義が家督を相続し、城主に。
(初代高知藩主)
1610年 2度の水害を忌み嫌って、高智山城(こうちやま)と改められる
その後、高知城と呼ばれるように
(中略)
1727年 城下町の大火により、天守などほとんどの城郭が消失
1729年 再建開始
1753年 再建
1871年 廃城