利家四男、前田利常の隠居城
小松城こまつじょう
場所 石川県小松市丸の内町142付近
旧国郡名 加賀国 能美郡
別名 芦城、小松の浮城
種別 平城
築城時期 1575年(天正4年)
築城背景 加賀一向一揆の拠点とすべく、若林長門が築城。
のちに第三代加賀藩主、前田利常の隠居城として移り大改修を加えられた。
名城 私の500名城
主な城主 若林長門、村上頼勝、丹羽長重前田利常
天守 天守替わりの三階櫓(非現存)
主な遺構 天守台、石垣、移築門
主な再建物  
交通 JR北陸本線 小松駅 徒歩約20分
駐車場 芦城公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

本丸隅の天守台

本丸堀跡と石垣

本丸堀跡と石垣
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構成 加賀国北西部、日本海に注ぐ梯川下流の沼地を利用した平城。

現在の梯川は城域の北を東から西に真っ直ぐ流れているが、当時は城域の北西部分でほぼ直角に折れ曲がり南へ向かっていたため、城域の北と西の天然の堀となっていた。

本丸を中心に曲輪を渦巻き状に配した渦郭式縄張りで、本丸の東側に二の丸、その南に三の丸、本丸の南には葭島、本丸に西には中土居と呼ばれた帯曲輪、その西に牧島、本丸の北東には琵琶島を配し、梯川の水を各所に大量に引き込み堀とした。

堀の面積は城域全体の30%にのぼっていたこともあり景観も良く、小松の浮城と呼ばれた。

本丸の南西隅には、天守替わりの三階櫓が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸は小松高校のグラウンド、二の丸は小松高校、三の丸は芦城公園や図書館などとなっている。
小松高校のグラウンド隅に、キリ込みハギ石垣の天守台が現存しているほか、堀の石垣の一部も残っている。
略歴
1575年 一向一揆の拠点として築城
1579年 織田信長の部将、柴田勝家に攻められ落城
これにより、丹羽長秀の家臣、村上頼勝が城主に
1585年 丹羽長秀が死没。村上頼勝は羽柴(豊臣)秀吉に仕える
村上頼勝、能美郡6万5千石を拝領
1598年 村上頼勝が越後国本庄へ転封となり、替わって丹羽長重が城主に。(12万石)
1600年 関ヶ原の戦の際、丹羽長重が西軍について東軍の前田利長と戦う(浅井畷の戦)などしたため、戦後改易に
加賀国能登国越中国合計約115万石を拝領した前田利長の支配下となり、前田直之が城代に
(中略)
1639年 前田利家の四男で、第三代加賀藩主、前田利常が隠居
1640年 前田利常の隠居城として大改修される
(後略)