下総西部を領した高城家の本拠
小金城こがねじょう
場所 千葉県松戸市大谷口179付近
旧国郡名 下総国 葛飾郡
別名 大谷口城
種別 平山城
築城時期 1537年(天文6年)
築城背景 小弓城の原家の家老、高城胤吉が、根木内城に替わる居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 高城胤吉、高城胤辰、武田(松平)信吉
天守  
主な遺構 土塁、畝堀、障子堀
主な再建物 模擬門
交通 流鉄流山線 小金城址駅 徒歩約8分
駐車場 なし
徒歩・登山 小金城址駅〜歩7分〜登1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登1分

金杉口の模擬門

金杉口の大土塁

障子堀

畝堀
構成 下総国西部、武蔵国との国境に近い小金の地、下総台地の先端に築かれた平山城。

城域は南北600m、東西800mほどの広大なもので、南西端の本城、中城の主郭の東から北一帯に、番場、外番場、馬屋敷、馬場山、達磨、向山など多くの曲輪を配した。

大手は東に開かれ、そのほか南の大谷口、北の金杉口、北東の達磨口の虎口があった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭北の馬場曲輪付近に、大谷口歴史公園があり、土塁、障子堀、畝堀などの遺構があるが、畝堀の畝や障子堀の畝は、かなり崩れてしまっていた。

それ以外の本城などの曲輪は全て市街化されている。
略歴
1537年 高城胤吉が築城
1538年 国府台合戦(第一次)が起こり、下総国は北条家の影響下に
1564年 国府台合戦(第二次)
  この頃、高城胤辰が家督を相続し城主に
1566年 上杉政虎(謙信)に攻められるが、篭城に成功
1582年 天正壬午の乱の最中、病を得た高城胤辰が隠居し、子の高城胤則が城主に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻め後、関東に転封されてきた徳川家康の五男、武田(松平)信吉が城主に(3万石)
1593年 松平信吉が転封により佐倉城主(10万石)となったことから廃城