信長が尾張平定のために本城とした
清洲城きよすじょう
場所 愛知県清洲市清洲市清洲479
旧国郡名 尾張国 春日井郡
別名  
種別 平城
築城時期 1405年(応永12年)
築城背景 尾張国遠江国越前国の守護、斯波義重が、守護所(下津城)の別邸として築城。
名城 私の500名城
主な城主 斯波義重、織田信長織田信雄福島正則松平忠吉、徳川義直
天守 詳細不明
主な遺構 土塁
主な再建物 模擬天守(望楼型3重4階)、模擬石垣
交通 JR東海道線 清洲駅 徒歩約20分
駐車場 清洲公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

清洲城模擬天守

本丸跡

信長塀

清洲城模擬天守
構成 東海道沿い、五条川のほとりに築かれた平城。

本丸は、現在天守が再建されている位置ではなく、川の西側にあった。
本丸には、詳細は不明だが大天守と小天守が築かれ、三重の堀に囲まれていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 清洲公園として残っているが、JRの線路に分断されてしまっている。
従来本丸のあった川の西側ではなく、東側に模擬天守が建てられている。
略歴
1405年 尾張国遠江国越前国の守護、斯波義重が築城
1478年 守護所の下津城が消失したため、尾張国の守護所となり、国の中心地として大いに繁栄
その後、尾張国守護代の清洲織田家の居城となる
(中略)
1555年 織田信長が、守護代織田信友を攻め滅ぼし、清洲城を居城とする
その後大改修を行う
1559年 織田信長尾張国を平定
1560年 桶狭間の戦
1563年 織田信長小牧山城を居城に
1582年 本能寺の変
清洲会議の結果、織田信雄が城主に
1584年 織田信雄が、三家老(津川義冬・岡田重孝・浅井長時)を手討ちに。
小牧・長久手の戦の開戦のきっかけ)
1590年 織田信雄が失脚
尾張国は、豊臣秀次の領地に
1595年 秀次事件豊臣秀次が切腹
福島正則が24万石を拝領し城主に
1600年 関ヶ原の戦では、西上する東軍の拠点に
戦後は松平忠吉尾張国一国62万石を拝領し、城主に
1607年 松平忠吉が病死
家康の九男、徳川義直が城主に
1616年 徳川義直が、名古屋城を居城にしたことから、廃城
城下町も名古屋へ移転となり、清洲越しと呼ばれた