石垣をふんだんに使用した桐原家の山城
桐原城きりはらじょう
場所 長野県松本市入山辺1807付近(登城口)
旧国郡名 信濃国 筑摩郡
別名  
種別 山城
築城時期 1460年頃(寛正元年)
築城背景 信濃国守護、小笠原家の家臣、桐原真智が築城
名城 私の500名城
主な城主 桐原真智、桐原真隆、桐原真実、桐原真貞、桐原真基
天守 なし
主な遺構 堀切、土塁、石垣、竪堀
主な再建物  
交通 JR中央本線 松本駅 徒歩約85分
駐車場 鹿除け柵そばの駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜登15分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登15分

竪堀

二重堀切の1本

石垣の虎口

主郭の石垣
構成 松本の町の東方、小笠原家の居城、林城の北東約2.5kmに築かれた山城。
海岸寺沢と追倉沢の間の尾根の中腹に位置し、林城の重要な支城のひとつ。

登城口は西麓にあって、鹿除け柵のそばに車を停めるスペースがある。

城域東端が東西29m、南北27mの本郭で、虎口も含め石垣がふんだんに使用されており、東側の背後は4重の堀切で防御した。

主郭に西の段下に、いくつかの曲輪を階段状に配し、麓へ向けて竪堀を効果的に設けた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されてはいるが、山道は傾斜も大きく滑りやすいのでトレッキングシューズが必要。

西麓の登城口から、竪堀や堀切を見ながら15分ほど登った主郭には、多くの石垣が効果的に使用されており、中信の中世山城だけにかなり驚く。

小笠原流築城術を堪能できる。
略歴
1460年頃 信濃国守護、小笠原家の家臣、桐原真智が築城
(中略)
1532年 武田信虎が隣国、甲斐国を平定
1534年 守護、小笠原長棟が小笠原一族を統一し林城を居城に
1542年 甲斐国武田(晴信)信玄信濃国諏訪への侵攻を開始
1548年 上田原の戦武田(晴信)信玄が大敗。これを受け小笠原長時は諏訪西方衆を糾合し武田勢に敵対、塩尻峠で戦うが大敗(塩尻峠の戦
武田(晴信)信玄、林城攻めの拠点として村井城を築城
1550年 武田(晴信)信玄に攻められ開城、桐原家は小笠原長時に従い葛尾城の村上家を頼る
その後、武田家家臣、遠山長左衛門が入城(詳細不明)
  (後略)