周囲3.5km、大和朝廷が築いた兵站基地
鞠智城きくちじょう
場所 熊本県山鹿市菊鹿町米原443-1
旧国郡名 肥後国 菊池郡
別名 読みは「くくちじょう」・「くくちのき」とも
種別 山城
築城時期 665年頃?(7世紀後半)
築城背景 白村江の戦の敗戦を受け唐や新羅からの防衛のために、大和朝廷が大野城や基肄城とともに築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 大和朝廷
天守 なし
主な遺構 土塁
主な再建物 復元櫓、復元蔵、復元兵舎
交通 九州新幹線 新玉名駅 約28km
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩3分〜主郭部
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

3重の八角鼓楼(復元)

校倉造りの米蔵(復元)

堀切門周辺

堀切門周辺
構成 肥後国北部の米原台地に築かれた朝鮮式の山城。

大和朝廷の古代城である大野城や水城、基肄城などと同時期に築かれ、それらへの兵站基地として機能するようになったと推定されている。

自然の崖や城壁が3.5kmに渡って取り巻く55ha(約17万坪)の広大な城域を持ち、南に古代の官道が通る交通の要所に位置した。

3つの城門(深迫門、堀切門、池の尾門)が開かれた城内には、貯水池も完備されていた。

主郭部には八角形の建物が2棟建てられていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 歴史公園となっており、駐車場も完備されている。

主郭部には八角形の3重鼓楼や校倉造りの米蔵、兵舎、板倉などが復元されている。

そばにある長者館は物産館で、地元のお土産などを販売している。

園道も整備されており、各城門や貯水池を巡ることもできる。
略歴
665年頃 大和朝廷が築城
698年 大改修
(後略)