関東管領家の居城として築かれた
雉岡城きじおかじょう
場所 埼玉県本庄市児玉町八幡山446
旧国郡名 武蔵国 児玉郡
別名 八幡山城
種別 平城
築城時期 1460年頃(寛正永年間)
築城背景 関東管領、山内上杉家の居城として、家臣、夏目実基が築城
名城 私の500名城
主な城主 山内上杉家、夏目家(城代)、北条家、松平家清
天守 なし
主な遺構 土塁、堀
主な再建物  
交通 JR八高線 児玉駅 徒歩約10分
駐車場 城址公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

南ノ郭と土塁

東ノ郭と南ノ郭の間の堀 

夜泣き石の残る空堀
 

江戸時代の国学者、塙保己一の
記念館(馬出跡)
構成 武蔵国の北部の町、児玉を南北に走る鎌倉街道上道の西の平地に築かれた平城。

城域は西側をのぞく三方を堀で囲み、中央西側の一段高くなった場所に本郭を置いた。その北と南にニノ郭を挟むように配し、それら主郭の北には北ノ郭を、東には三の郭、東ノ郭を、南には南ノ郭を配した。

二ノ郭の南側、南ノ郭との間に角馬出しが置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本郭と北側のニノ郭の大部分は児玉中学校に、北ノ郭と三ノ郭は県立児玉高校とそのグラウンドに、東ノ郭は住宅地になっている。

南ノ郭は城址公園となっており、江戸時代の国学者、塙保己一の記念館が建てられている部分が馬出跡にあたる。

水堀、空堀、土塁などの遺構が残っている。
略歴
1460年頃 山内上杉家の居城として、家臣、夏目実基が築城
1467年 手狭を理由に山内上杉家の居城が平井城に移されたことからその支城となり、家臣、夏目定基が城主に。
(中略)
1546年 河越夜戦で関東管領、上杉憲政に勝利した北条家が、武蔵国を平定、その支配下に
(中略)
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めの際、前田利家に攻められ降伏、開城
徳川家康の関東移封にともない、家臣の松平家清が城主に。(1万石)
1601年 松平家清が、三河国吉田へ転封。(3万石・初代吉田藩主・吉田城主)
廃城