霞ヶ浦南岸、近藤家の平山城
木原城きはらじょう
場所 茨城県稲敷郡美浦村木原1701付近
旧国郡名 常陸国 信太郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1394年頃(応永元年頃)
築城背景 江戸崎城主、土岐原家家臣の近藤利貞が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 近藤利貞、近藤利春、近藤利勝、近藤利信、近藤義信
天守 なし
主な遺構 土塁、空堀、土橋
主な再建物 模擬櫓、模擬門
交通 JR常磐線 土浦駅 約12.5km
駐車場 公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

二の曲輪から詰曲輪(本曲輪)への虎口

深い空堀に架かる土橋

詰曲輪をめぐる土塁

広大な詰曲輪(模擬櫓は工事中)
構成 常陸国南部、霞ヶ浦すぐそばの台地に築かれた広大な平山城。

土塁に囲まれた本曲輪は詰曲輪と呼ばれ、空堀を隔てた南側に二の曲輪を配し、さらにその南にはさらに広大な三の曲輪を広げた連郭式の縄張り。

三の曲輪の南には永厳寺曲輪を、本曲輪の北、搦め手そばには稲荷曲輪が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 詰曲輪(本曲輪)と二の曲輪は木原城址城山公園として整備されており、数か所に駐車場も完備されている。

詰曲輪には遊具などのほか、櫓を模した展望台がある。(訪問時は工事中だった)

一番の見どころは、詰曲輪から二の曲輪への高い虎口土塁と深い空堀。

三の曲輪の一部は小学校となっている。
略歴
1394年頃 近藤利貞が築城
(中略)
1506年 近藤利勝が城主に
1574年 佐竹家に寝返った小田家の家臣、江戸崎監物に攻められる
1588年 佐竹義重らに攻められる
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めでは北条家に味方するが、佐竹義宣に攻められ落城
江戸崎城主となった芦名盛重の支配下に
(後略)