東駿河の有力者、葛山家の居城
葛山城かずらやまじょう
場所 静岡県裾野市葛山524付近(登城口)
旧国郡名 駿河国 駿東郡
別名  
種別 山城
築城時期 不明(鎌倉時代?)
築城背景 駿河国駿東郡に土着した葛山家が築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 葛山家
天守 なし
主な遺構 土塁、堀切、竪堀
主な再建物  
交通 JR御殿場線 岩波駅 約3.8km
駐車場 大手そばに1台分のスペースあり(地元の方のご厚意によるスペース)
徒歩・登山 駐車場〜登7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登7分

大手口

本丸東の2重堀切の1本

竪堀

本丸
構成 駿河国の東端、愛鷹山の東麓、葛山にある標高270mほどの山に築かれた山城。

山は東西に伸び、その山頂部に土塁をかきあげた本丸を置き、西の段下に二の丸を、東から南に帯曲輪を巡らせ主郭とした。

主郭の西には2重の堀切で隔てた西曲輪や、その先に水の手曲輪を配し、主郭の東には、同じく2重の堀切で隔てた東曲輪、その先に大手曲輪を配した。

山城の南麓には城主ゆかりの仙念寺が建てられ、さらにその南方に城主の平時の居館である麓館(葛山館)が建てられていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 南麓の仙念寺脇から登るが、東の大手口そばに地元の方のご厚意による駐車スペースが用意されており、ここからも登ることができる。

城址は良く整備されており、本丸周囲の土塁、堀切、竪堀などが遺構として残されている。
本丸からは富士山が望めるようだが、訪問時はあいにくその方面には雲がかかってしまっていた。

本丸の北側の段下には畝状横堀の看板も建てられているが、かなり土が埋まってしまっている。
略歴
鎌倉時代? 葛山家が築城。(推定)
1493年 城主、葛山維貞、伊勢宗瑞(北条早雲)伊豆討入りに加勢
  その後、伊勢宗瑞(北条早雲)の二男、葛山氏時が葛山家を相続(異説あり)
  (中略)
1560年 桶狭間の戦をきっかけに主家の今川家が没落
1568年 城主、葛山氏元、今川家から離反し、武田家に寝返る
  その後、武田信玄の六男、信貞を養嗣子に迎える(葛山信貞)
1573年 葛山氏元、北条家への内通を疑われ殺害される
1582年 天目山の戦で主家の武田家が滅亡、城主、葛山信貞も甲府の善光寺にて自害
廃城