四州を繋ぐ拠点の平山城
川之江城かわのえじょう
場所 愛媛県四国中央市川之江町古町
旧国郡名 伊予国、宇摩郡
別名 仏殿城
種別 平山城
築城時期 1337年(延元2年)
築城背景 南北朝時代、南朝方の河野氏の砦として、土肥義昌が築城
名城 私の500名城
主な城主 河野氏、細川氏、妻鳥氏、小早川氏、福島氏、池田氏、小川氏、加藤氏
天守 なし
主な遺構 石垣
主な再建物 模擬天守、模擬櫓門、模擬櫓、模擬塀
交通 JR予讃線 川之江駅 徒歩約20分
駐車場 二の丸下の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

望楼型の模擬天守

櫓門

本丸の石垣

城跡から望む瀬戸内海
構成 伊予国土佐国讃岐国阿波国、4州の国境近く位置する川之江の、瀬戸内海に面した小丘、鷲尾山に築かれた平山城。

山頂部に本丸から、北へ向かう壇下に二の丸、三の丸を並べた梯郭式の縄張り。

土塁や堀などはなく、山を削平し石垣造りの曲輪を並べただけの構成であった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城山公園として整備されており、本丸には望楼型の模擬天守が建てられ町のシンボルとなっている。

また石垣による枡形やその上の櫓門、涼櫓などが建てられている。

二の丸下の曲輪が駐車場となっており、ここから数分で天守まで行ける。
略歴
1337年 南朝方の河野氏の砦として、土肥義昌が築城
(中略)
1572年 城主、妻鳥友春、阿波国の三好長治から攻められるが撃退
1579年頃 土佐国長宗我部元親の侵攻を受け、城主、妻鳥友春が降伏
これに激怒した河野通直が、河上安勝に命じ、川之江城を攻略、再び河野氏の支配化に
1582年 再び長宗我部元親に攻められ落城。河上安勝が戦死
1585年 豊臣秀吉四国攻めで河野氏が滅亡
伊予国主となった小早川隆景の支配下に
1587年 九州攻め後、小早川隆景筑前国筑後国肥後国の一部、合計37万1千石に転封
伊予国今治11万千石を拝領した福島正則の支配下に
1595年 福島正則尾張国清洲24万石に転封
伊予国松前6万石を拝領した加藤嘉明の支配下に
1602年 加藤嘉明、勝山に新城(松山城)を築城開始
その後、廃城
1636年 川之江藩主となった一柳直家が、城の再建を開始。(2万8600石)
1642年 一柳直家、病没。領地は没収となり、川之江藩は廃止