相模、駿河、甲斐を睥睨する要衝
河村城かわむらじょう
場所 神奈川県足柄上郡山北町山北2301付近(登城口)
旧国郡名 相模国 足柄上郡
別名 戸張城、猫山城
種別 山城
築城時期 ????年(平安時代末期)
築城背景 藤原秀郷流の河村秀高が居城とすべく築城。
名城 私の500名城
主な城主 河村家、畠山家、山内(上杉)家、大森家、北条家
天守 なし
主な遺構 空堀、堀切、畝堀
主な再建物 木橋
交通 JR御殿場線 山北駅 徒歩約25分
駐車場 近くになし
徒歩・登山 山北駅〜登る25分〜本城郭
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登25分

本城郭

本城郭と蔵郭の間の堀切にかかる木橋

茶臼郭の畝堀

整備中の近藤郭方面
(これより東は立入り禁止だった)
構成 相模国西部、酒匂川を南に見下ろす、比高130mほどの小さな山塊を利用して築かれた山城。

山頂部の本城郭を中心に数多くの郭が、それぞれ堀切を隔てて配置された梯郭式の縄張り。
主な郭としては、本城郭の北に、畝堀を伴った茶臼郭、西には馬洗い場、西郭、北郭、南には馬出郭。

本城郭から堀切を隔てた東側にも多くの郭が連なる。
蔵郭、近藤郭、大庭郭、多地屋敷など。
縄張図
または
現地
案内図
現状 河村城址歴史公園として整備されている。北側の公園入り口から5分ほど登る。
畝堀のある茶臼郭、木橋の架かる本城郭と蔵郭の間の堀切など見所はあるが、近藤郭以東は整備中のため(2010年現在)立入りができなかった。
略歴
????年 平安時代末期に河村家が築城
1180年 源頼朝の石橋山挙兵では、城主、河村義秀が平氏に味方したことから、後に領地を没収される
1190年 河村義秀が鎌倉での流鏑馬にて妙技を披露したことから許され、旧領を回復
(中略)
1352年 北朝方の足利尊氏が鎌倉を攻めると、河村家は南朝方の新田家や脇屋家とともに河村城に立て籠り北朝方と対峙
その後、南原の戦で北朝方に敗北
関東管領となった畠山国清の支配下に
1359年 畠山国清、関西遠征するが、政争に巻き込まれ失脚
その後、関東管領となった上杉家の支配下に
(中略)
1438年 永享の乱で、鎌倉公方方の大森憲顕に攻め落とされる
1495年 北条早雲小田原城を手に入れ居城に
これにより、北条早雲の支配下に
(中略)
1569年 武田信玄小田原城を攻めるが落ちず。(小田原城攻め(武田信玄)
その後、武田家への対策のため城を大改修
1590年 豊臣秀吉による小田原城攻め後、廃城