鬼怒川の河岸段丘の宇都宮家の北方防衛拠点
勝山城かつやまじょう
場所 栃木県さくら市氏家1297
旧国郡名 下野国 塩谷郡
別名 氏家城
種別 平山城
築城時期 1190年頃(建久元年頃)
築城背景 宇都宮家の一族で氏家家の祖、氏家公頼が築城
名城 私の500名城
主な城主 氏家公頼、氏家綱元、芳賀高清、芳賀綱高、芳賀高景
天守  
主な遺構 土塁、空堀
主な再建物 大手橋
交通 JR東北本線 氏家駅 徒歩約25分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登2分

旧森家の長屋門

空堀

本丸大手口の空堀と再建大手橋

本丸大手口の虎口と土塁 

土塁と空堀

すぐそばを流れる鬼怒川
構成 下野国中央やや東部、鬼怒川の河岸段丘を利用した平山城(崖城)。

宇都宮家の北方防御の拠点として、戦国時代末期まで機能した。

城域は南北450m、東西約325mで、段丘先端の本丸は土塁と空堀を巡らせた方形で、西南に搦め手口が、東南に大手口が開かれた。大手口の空堀には四脚の木橋が架けられていた。

本丸の西は鬼怒川で、北から東、南を広大な二の丸が取り巻き、さらに南には三の丸が広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸は勝山公園として整備されており、空堀や土塁がしっかりと残るほか、大手口の空堀には大手橋が再建されている。

二の丸の一部はさくら市ミュージアムとなっており、近代画家、荒井寛方などの作品が鑑賞できる。

三の丸は工場などとなっている。
略歴
1190年頃 宇都宮家の一族で氏家家の祖、氏家公頼が築城
(中略)
南北朝時代 六代城主、氏家綱元が死没し断絶。これにより一時城主が不在に
14世紀後半? その後、飛山城主、芳賀高家(高名)の子、芳賀高清が城主に
  (中略)
1589年 主家の宇都宮国綱とともに、北条家に屈服
1590年 城主、芳賀高景、主家の宇都宮国綱に従い北条家から離反
小田原城攻めを行っていた豊臣秀吉の元へ向かう、宇都宮国綱に芳賀高景も随行
宇都宮家は戦後、所領を安堵される
1597年 お家騒動により宇都宮家が改易されたことから、勝山城も廃城に