外国船砲撃に対抗するための新たな長府藩庁
勝山御殿かつやまごてん
場所 山口県下関市田倉御殿町41付近
旧国郡名 長門国 豊浦東郡
別名 勝山陣屋、勝山城
種別 平山城
築城時期 1863年(文久3年)
築城背景 長州藩、長府藩、清末藩の3藩と四国連合(イギリス、フランス、オランダ、 アメリカ)による下関戦争の際、海に近く防備に向かない長府陣屋(櫛崎城の西麓)に代わる長府藩庁として築城
名城 私の500名城
主な城主 毛利元周
天守 なし
主な遺構 石垣、土塁、堀切、移築書院
主な再建物 池(復元?)
交通 JR山陰本線 新下関駅 徒歩約45分
駐車場 勝山地区公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜本丸まで1分登る
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登1分

本丸南西隅の石垣

本丸南西隅の石垣

広大な本丸

本丸奥に残る池

城跡から望む且山城
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構成 長門国の南西端、瀬戸内海から約1里離れた標高361mの且山(勝山)の麓に築かれた平城。

幕末に7ヶ月の突貫工事で築城された。

広大な本丸は藩主の私邸を建てた奥と、政務を行う公的な施設を建てた表に分かれ、南の段下に二の丸、さらにその南に三の丸を配した連郭式で、石垣が多用された。

砲撃の標的になるような櫓などは建設されなかった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 勝山地区公園として整備されており、石垣や土塁が残されており、本丸奥の池も復元(?)されている。

長府市外の覚苑寺に、書院と玄関敷台が移築されている。

戦国時代に廃城となった且山城(勝山城)へは、ここから50分ほど登る。
略歴
1863年 長府藩主、毛利元周が築城し政庁を移す
1863年 毛利元周、養嗣子の毛利元敏に家督をゆずり、その後死没
1869年 版籍奉還
長府藩は豊浦藩と改称され、毛利元敏が藩知事に
1871年 大政奉還
1873年 廃城・解体