信玄に背いた伊那部家の居城
春日城かすがじょう
場所 長野県伊那市西町5914(付近)
旧国郡名 信濃国 伊那郡
別名 伊那部城、伊奈部城
種別 平山城
築城時期 1534年頃(天文3年頃)
築城背景 平氏の末裔、粟田口重慶が当地に来て築城し、伊那部氏を名乗る
名城 私の500名城
主な城主 伊那部重慶、伊那部重成、伊那部重親、春日昌吉
天守 なし
主な遺構 土塁、空堀
主な再建物 模擬橋
交通 JR飯田線 伊那市駅 徒歩約20分
駐車場 春日公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登2分

空堀にかかる模擬橋

空堀と模擬橋

本丸跡 

城跡からの眺望
構成 信濃国下伊那、天竜川の右岸の河岸段丘に造られた平山城。

城域の北、東、南は崖となっており、川に近い南東側に本丸を置き、空堀を挟んで北と東を囲むように二の丸が配された。大手は西側に開かれた。

主郭の東に尾花ケ崎と呼ばれた出丸があった。

さらにその北西側に空堀を挟んで三の丸が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 春日公園となっているが、土塁と空堀の遺構が城郭の面影もしっかりと残している。
略歴
1534年頃 粟田口重慶が築城し、伊那部氏を名乗る
(中略)
1545年 武田晴信(信玄)の伊那侵攻を受け、その支配下に
1556年 城主、伊那部重親、上伊那の国人7人とともに武田晴信(信玄)に反抗
伊那部重親、武田晴信(信玄)に捕らえられ、狐島にて処刑される
春日昌吉が城主に
1572年 武田晴信(信玄)上洛戦を開始
1573年 武田晴信(信玄)病没
1575年 長篠の戦で武田家が大敗
1582年 織田家の侵攻を受け、城が炎上、春日昌吉は高遠城に入り仁科信盛とともに抵抗するが敗北、討ち死に
武田家滅亡(天目山の戦))
その後、廃城