石垣の天守台が残る常陸の山城
笠間城かさまじょう
場所 茨城県笠間市笠間
旧国郡名 常陸国 茨城郡
別名 桂城
種別 山城
築城時期 1219年(承久元年)
築城背景 鎌倉時代、下野国守護、宇都宮家の一族、宇都宮綱家が居城として16年かけて築城し、笠間氏を名乗った。
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 笠間家、玉生家、蒲生郷成、松平康重、小笠原吉次
天守 2重天守
主な遺構 石垣、土塁、堀、移築櫓(真浄寺)
主な再建物 時鐘
交通 JR水戸線 笠間駅 徒歩約50分
駐車場 千人溜曲輪跡に無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る10分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

関東の山城には珍しい
石垣造りの天守曲輪

本丸から見る八幡台櫓跡
(土塁上)

大手門跡の石垣

城主下屋敷跡の時鐘(再建)
構成 常陸国中部、下野国との国境近くの佐白山に築かれた山城。

山頂部の天守曲輪は、関東の山城には珍しい石垣造りとなっており御本櫓と呼ばれる天守が築かれた。

下段には本丸が広がり、南西側に高く盛った土塁上には2基の隅櫓(八幡台櫓、宍ヶ崎櫓)を置いて主郭とした。

さらに二の郭や帯郭が主郭を取り巻く、梯郭式の堅固な山城であった。
大手は北側に開いた。

城主の屋敷は、本城の北東に置かれ、また、本城の西には下屋敷が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本城は城跡として整備されており、大手門跡近くの千人溜と呼ばれた曲輪跡の駐車場からは、割りと楽に本丸まで登っていける。

山頂部の天守曲輪には佐志能神社の社殿が置かれている。

八幡台櫓は、麓の真浄寺に移築され現存している。

下屋敷跡は佐白山麓公園となっており、江戸時代から残る時鐘櫓や、笠間藩家老だった大石良欽にちなんで、討ち入り姿の大石蔵之助像などが建てられている。

城域西側には、日本三大稲荷のひとつ、笠間稲荷神社がある。
略歴
1219年 下野国守護、宇都宮家の一族、宇都宮綱家が居城として16年かけて築城
(中略)
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めでは、主家の宇都宮国綱は秀吉に従ったが、城主の笠間綱家は北条家に味方したため、宇都宮国綱に攻められ笠間家は滅亡。
宇都宮国綱の支配下に
1598年 蒲生秀行の下野国宇都宮転封にともない、蒲生家家老の蒲生郷成が笠間を拝領し笠間城主に。(3万石)
1601年 松井松平家の松平康重が城主に。(3万石)
1608年 松平康重が丹波国篠山に転封
小笠原吉次が城主に。(3万石)
1609年 小笠原吉次が、家臣の不正に連座し失脚
笠間は天領に
1612年 松平康長が城主に。(3万石)
(後略)