討幕を目指した後醍醐天皇の行在所
笠置城かさぎじょう
場所 京都府相楽郡笠置町笠置
旧国郡名 山城国 相楽郡
別名 笠置山城
種別 山城
築城時期 1331年 (元弘元年)
築城背景 鎌倉幕府討幕計画が発覚した後醍醐天皇が、幕府軍を迎え討つために入城したのが始まり
名城 私の500名城
主な城主 後醍醐天皇、木沢氏
天守  
主な遺構 土塁、竪堀、空堀
主な再建物  
交通 JR関西本線 笠置駅 約2km(山道)
駐車場 有料Pあり
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

笠置寺の正月堂

後醍醐天皇の行在所(あんざいしょ)

ゆるぎ石(後醍醐天皇が奇襲を受けた場所)

眼下を流れる木津川
構成 山城国の南東端、木津川を見下ろす標高288mの笠置山の西の中腹に位置する。

花崗岩の巨岩や奇岩が数多く存在する急峻な山そのものが天然の要害となっており、飛鳥時代に造営された笠置寺周辺が山城の中心であった。

山頂に後醍醐天皇の行在所が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 笠置山自然公園となっており、車で山頂付近まで登って行ける。
笠置寺への入山は有料となっており、有料駐車場もある。

山内には、後醍醐天皇の行在所のほか、後醍醐天皇が奇襲を受けた場所に、使われず残った石落とし用の大石「ゆらぎ石」などが残る。

また、大石に彫られて寺の本尊仏、弥勒摩崖仏や、弘法大師ゆかりの虚空蔵摩崖仏、天武天皇ゆかりの笠置石など、多くの見どころが点在している。
略歴
1331年 鎌倉幕府討幕計画が発覚した後醍醐天皇が入城
天皇に味方する南朝方2500が籠城
幕府勢7万に攻められ落城、後醍醐天皇は楠木正成の下赤坂城を目指す途中で捕らえれる
1332年 後醍醐天皇、隠岐への流罪に
(中略)
1533年頃 河内国飯盛山城主、木沢長政の支配下に
1542年 木沢長政、太平寺の戦で討死に