虹の松原を見下ろす肥前北部の平山城
唐津城からつじょう
場所 佐賀県唐津市東城内8-1
旧国郡名 肥前国 松浦郡
別名 舞鶴城
種別 平山城
築城時期 1602年(慶長7年)
築城背景 初代唐津藩主、寺沢広高が居城とするために築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 寺沢広高、寺沢竪高、大久保家、松平家、土井家、水野忠邦、小笠原家
天守 なし(天守台のみ)
主な遺構 石垣、堀
主な再建物 模擬天守(複合式望楼型5重5階地下1階)、石垣、堀、門
交通 JR筑肥線など唐津駅 徒歩約25分
駐車場 有料駐車場
徒歩・登山 @駐車場〜歩5分〜エレベータ乗り場〜エレベータ2分〜本丸
A駐車場〜登20分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

模擬天守

櫓門(再建)

天守から見下ろす虹の松原(左奥)と
松浦川(手前〜右)

唐津城の遠望
(東南の松浦橋左岸より)
構成 肥前国北部、唐津湾に注ぐ松浦川の河口そばにある、標高43mの満島山に築かれた平山城。

満島山はそれまで東側の虹の松原と陸続きだったが、築城の際、松浦川の流れを変えることで海に突き出す半島として独立させ防御性を高めた。

山頂部に総石垣造りの本丸を置き、天守台も作られたが天守はあげられなかった。

二の丸は麓の平地に置き、三の丸はその西側に堀を隔てて配された。

それら主郭部の南には外郭が広がっていた。

築城に使用された建材の多くは、名護屋城から運ばれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 舞鶴公園として整備され、本丸には見栄えのする望楼型の模擬5重天守が築かれ、町のシンボルとなっている。

本丸へは石段を使っても登って行けるが、海側に傾斜式のエレベータ(有料)が完備されており、本丸まで楽に行くことができる。

本丸からは日本三大松原のひとつ、虹の松原がすぐそこに見える。また唐津湾、近くの小島、唐津市街、松浦川、周囲の山々なども望め、かなりの眺望を楽しめる。

麓の二の丸跡には高校や旅館などが建っているが、石垣が残されている。

三の丸や外郭は市街化されている。
略歴
1602年 寺沢広高が築城を開始
1608年 完成
1625年 寺沢広高が隠居し、子の寺沢竪高が2代藩主に
1637年 島原の乱
寺沢竪高、乱の責任を取らされ、天草4万石を没収される
1647年 寺沢竪高、嗣子のないまま自殺。これにより寺沢家は取り潰しに
(後略)