岐阜城に替わって平地に築かれた
加納城かのうじょう
場所 岐阜県岐阜市加納丸之内1-18(付近)
旧国郡名 美濃国 厚見郡
別名  
種別 平城
築城時期 1601年(慶長6年)
築城背景 関ヶ原の戦後に破却された岐阜城に替わって築かれた。
名城 私の500名城
主な城主 奥平信昌、大久保家、戸田家、安藤家、永井家
天守 天守替わりの二の丸御三階櫓
主な遺構 石垣、土塁
主な再建物  
交通 名古屋鉄道 加納駅 徒歩約15分
駐車場 加納公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

本丸の外升形の石垣と堀跡

本丸の石垣

土塁に囲まれた本丸
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構成 美濃国南部、長良川と木曽川の間の平地に築かれた平城。

城域は南北に長く、西は長刀堀を穿ち、東は長良川の支流、荒田川が天然の堀の役割をした。

南東部に外升形を突出させた方形の本丸が城の中心で、内堀をはさんで北に厩曲輪、南に大藪曲輪、東に二の丸、その北に西の丸(三の丸)を配し、中山道の通る北側に大手が開かれた。

本丸には天守台があったものの天守は建てられず、その替わり、二の丸に御三階櫓が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 本丸は加納公園となっており、周囲には石垣や土塁が残されている。
内堀は埋め立てられて、公園の駐車場や道路、住宅地などになっている。
二の丸は加納小学校、三の丸は岐阜大学付属中学校、大藪曲輪は加納中学校、厩曲輪は県立岐阜聾学校となっている。
略歴
1601年 廃城となった岐阜城に替わって築城され、加納の地を拝領した奥平信昌が城主に。(10万石)
1602年 奥平信昌が隠居し、家督を継いだ奥平忠政が城主に
1614年 城主、奥平忠政が病死
子の奥平忠隆が家督を相続し城主に
(後略)