鎌倉からの名家、六角佐々木氏の巨城
観音寺城かんのんじじょう
場所 滋賀県近江八幡市安土町石寺2付近
旧国郡名 近江国 蒲生郡
別名 佐々木城
種別 山城
築城時期 1470年頃(文明2年)
築城背景 近江国守護、六角氏頼が居城とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 六角氏、六角定頼六角承禎、六角義治
天守 なし
主な遺構 石垣、土塁、堀切
主な再建物  
交通 JR琵琶湖線 安土駅 徒歩約70分
駐車場 観音正寺の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

観音寺城
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構成 琵琶湖の南東岸にある、標高432mの繖山(きぬがさやま)全体を城域とした巨大な山城。

山内には、日本最古と言われる石垣を多用した主曲輪をはじめ、修験道場でもあった観音寺や100以上(小さいものも含めると1000以上とも)もの曲輪が点在。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 城跡として残っている。
駐車場のある観音正寺から5分ほど登ると、本丸に着く。
略歴
1470年頃 近江国守護、六角氏頼が築城
(中略)
1520年 六角定頼が家督を相続し城主に
1552年 六角定頼死没。子の六角承禎が家督を相続し城主に
1560年 六角承禎野良田の戦で敗北し、浅井長政に北近江に独立を許す
六角承禎が隠居。子の六角義治が家督を相続し城主に
1563年 六角義治が家臣、後藤賢豊を誅したことから、家臣たちの不信を買い、離反が相次ぎ弱体化。(観音寺騒動)
1568年 織田信長の上洛戦(信長の上洛戦)に際し、支城の箕作城を落とされたため、観音寺城を開城
廃城