本丸石垣が残る伊具郡の山城
金山城かねやまじょう
場所 宮城県伊具郡丸森町金山黒森
旧国郡名 陸奥国磐城 伊具郡
別名 金山要害
種別 山城
築城時期 1560年前後(永禄年間)
築城背景 相馬家の家臣、井戸川将監や藤橋紀伊守が築城
名城 私の500名城
主な城主 井戸川将監、中島宗求、中島宗勝、中島宗信
天守 天守代わりの2重櫓
主な遺構 石垣、土塁、堀切、移築門
主な再建物  
交通 阿武隈急行 丸森駅 約5.9km
駐車場 金山神社の駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登10分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

本丸の石垣

本丸

堀切の向こうの兵具蔵跡

出丸

三の丸大手埋門跡
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構成 磐城国北端の伊具郡、阿武隈川を北に見下ろす標高1176m独立丘陵に築かれた山城。

中村(相馬)から伊具へ向かう街道沿いに位置し、伊達家と相馬家の間で争奪戦が繰り返された。

山頂部に石垣造りの本丸を置き、居館が建てられ、段下に二の丸、馬屋場などの曲輪を配し主郭た。

また出丸を堀切を陸橋で渡した先に置き、そのほか兵具蔵曲輪や三の丸、米蔵曲輪などが階段状に配された。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備され、本丸の石垣以外にも各曲輪や堀切、土塁などの遺構がしっかりと残されている。

麓の神社の駐車場からは10分ほどの登山となる。

陸奥国における戦国山城の縄張りが充分に堪能できる城跡としてお薦めである。
略歴
1560年前後 相馬家の家臣、井戸川将監や藤橋紀伊守が築城し、井戸川将監が城主に
1576年 この頃より、伊達輝宗と相馬隆胤の争奪戦が始まる
1581年 伊達政宗が当地で初陣
1584年 伊達家の支配下となり中島宗求が城主に(2000石)
1588年 中島宗求が城を大改修
(中略)
1615年 一国一城令により、金山要害と改称
その後、明治まで中島家が城主を務める
その後、廃城