加賀百万石を領した前田家の主城
金沢城かなざわじょう
場所 石川県金沢市丸の内1-1
旧国郡名 加賀国 石川郡
別名 (旧尾山御坊)、尾山城
種別 平山城
築城時期 1580年(天正8年)
築城背景 一向一揆の拠点、尾山御坊跡に、織田信長の部将佐久間盛政加賀国支配の拠点とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 佐久間盛政前田利家前田利長前田利常
天守 5重天守(非現存)
主な遺構 石川門、三十間長屋、石垣、土塁、堀、能舞台(移築)
主な再建物 菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓、河北門、石垣
交通 JR北陸本線 金沢駅 徒歩約30分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

左から橋爪門続櫓、五十間長屋、菱櫓
(いずれも再建)

三十間長屋
(現存)

石川門と続櫓(現存)

兼六園
構成 北国と畿内を結ぶ北陸道沿いの平地、犀川と浅野川にはさまれた場所台地に築かれた平山城。

本丸は城域の南東部にあり、その東側に東の丸があって、百間堀といもり堀に守られていた。

5重天守は1592年に落雷により消失、それがどの場所にあったのかは記録がなく不明。

本丸の西に二の丸、北に三の丸を配し、さらに玉泉院丸、新丸、藤右衛門丸などが配され、ほとんどの曲輪に石垣が使われた。

大手は北側の新丸の北に開かれた。

兼六園は4代藩主、前田綱紀が外曲輪に造営した大規模な庭園。
縄張図
または
現地
案内図
現状 二の丸には、5重天守が消失後、事実上の天守となった菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓、河北門などが再建されている。

搦め手の入り口にあたる石川門や三十間櫓などは、往時から残る遺構である。

いもり堀は一部が残るが、百間堀は埋め立てられて道路(お堀通り)になっている。

城の南東部には、日本三大名園のひとつ兼六園が残っている。
略歴
●尾山御坊
1546年 一向一揆の拠点、尾山御坊として築城される
1580年 織田信長の部将、佐久間盛政一向一揆を攻め落城させ、入城
●金沢城
金沢城と改称される
1582年 佐久間盛政が、加賀一向一揆を平定し城主に
1583年 賤ヶ岳の戦羽柴(豊臣)秀吉についた前田利家が城主に
尾山城と改称
その後、前田利家の依頼を受けた高山右近が大改修
再び金沢城と改称
金沢の城下町の整備を行う
1592年 前田利長が大改修
1599年 前田利家死没
1602年 落雷により5重天守が消失
(後略)