丹波を拝領した光秀の居城
亀山城かめやまじょう
場所 京都府亀岡市古世町北古世
旧国郡名 丹波国 桑田郡
別名 亀岡城
種別 平山城
築城時期 1578年(天正6年)
築城背景 織田信長から丹波国丹後国の平定を命じられた明智光秀が、居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 明智光秀羽柴秀勝(信長五男)豊臣秀勝羽柴秀俊(小早川秀秋)前田玄以
天守 複合式層塔型5重5階天守(非現存)
主な遺構 石垣、堀
主な再建物  
交通 JR山陰本線 亀岡駅 徒歩約11分
駐車場 周辺の有料駐車場
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
私有

主郭の石垣(一部)

内堀 
構成 丹波国東南端の亀岡盆地にある小高い丘陵を利用して築かれた平山城。

本丸、二の丸を西から東に並べ内堀で囲み、南側に置いた三の丸を外堀で囲んだ梯郭式の縄張り。

それら主郭の北側を除く周囲には外郭が広がり、惣堀で囲まれていた。

本丸には、5重5階天守があげられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭は宗教法人の私有地となっており、通常は立入りできないが、正式に申し込んでお払いを受ければ見学は可能とのこと。
北側の内堀の一部が残るほか、主郭部の石垣も残っている。
略歴
1578年 織田信長の部将明智光秀丹波国丹後国の平定のための拠点として築城
1579年 明智光秀丹波国一国29万石を拝領
1582年 本能寺の変山崎の戦を経て、明智光秀が討ち死に
羽柴(豊臣)秀吉に味方した高山右近中川清秀らに攻められ落城
羽柴秀勝(信長の五男)が城主に
1585年 羽柴秀勝、病死
替わって豊臣秀勝(秀吉の甥)が城主に
1586年 豊臣秀勝織田信長の姪、江(於江与の方)と結婚
1587年 豊臣秀勝九州攻めに参陣するが、戦後の恩賞への不満を訴えたことにより領地を没収される
1593年 小早川秀秋が城主に。(10万石)
その後、5重5階天守を建設
1595年 小早川秀秋、関白豊臣秀次の謀反(秀次事件)に加担していたという嫌疑から領地を没収される
前田玄以が城主に。(5万石)
1600年 関ヶ原の戦で挙兵しなかった前田玄以は、戦後、所領を安堵される。(初代亀山藩主)
1602年 前田玄以死没
子の前田茂勝が家督を相続するが、八上(5万石)へ転封となり、亀山は天領に
1609年 岡部長盛が城主に。(3万2千石)
1610年 幕命により、大改修が始まる
  (後略)