3本の尾根を利用した広大な山城
鎌刃城かまはじょう
場所 滋賀県米原市番場(登城口:米原市三吉102付近)
旧国郡名 近江国 坂田郡
別名  
種別 山城
築城時期 不詳(15世紀後半)
築城背景  
名城 続日本100名城  私の500名城
主な城主 堀家、今井家、堀秀村、浅井家
天守 不明
主な遺構 土塁、空堀、石垣
主な再建物 模擬物見櫓
交通 東海道新幹線 米原駅 約6.4km
駐車場 青龍の滝そばの駐車スペース
徒歩・登山 駐車場〜降10分〜主郭
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

主郭の石垣虎口

北郭の模擬物見櫓

北郭の大石垣

堀切
構成 近江国東部、佐和山の北東約1里(4km)にある、標高384の山を利用して築かれた山城。

山頂部に大きな3つの曲輪からなる主郭を置き、北、西、南へ伸びる尾根にいくつも曲輪を並べ堀切で区切った。

要所の切岸や虎口には石垣を使用した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、そばにある青龍の滝のそばの駐車スペースから、南尾根を10分ほど下ると城址碑の建つ主郭に達する。

彦根方面が望める北郭には、丸太組みの模擬物見櫓が建てられており、戦国の雰囲気を感じる。
また北郭の西側斜面には大石垣も残されているが、かなり苔むしてしまっている。

多くの堀切や土塁などの遺構も残る。

城内数ヶ所に、熊よけのベル替りの空き缶がかけられている。是非鳴らしてからの見学をお薦めする。
略歴
14XX年 堀家が築城
(中略)
1533年頃 一時、今井家が城を攻略
1559年 堀家は、小谷城主の浅井久政に臣従
  主家の浅井久政が隠居し、浅井長政に家督を譲る
1570年 金ヶ崎の退き口で、浅井長政織田信長を裏切る
  堀秀村は、竹中半兵衛の誘降を受け織田信長につく
  浅井長政に攻められ、堀秀村が退城、浅井家の支配下に
  姉川の戦で浅井家が敗北すると、堀秀村が城主に復帰
1574年 堀秀村、許可を得ず敵対していた一揆勢と和睦したことから改易となり、そのまま廃城