山内一豊と妻千代の出世城
掛川城かけがわじょう
場所 静岡県掛川市掛川1142
旧国郡名 遠江国 佐野郡
別名 雲霧城、松尾城
種別 平山城
築城時期 1470年頃(文明2年)
築城背景 駿河国守護、今川家が、遠江国進出の拠点として、家臣の朝比奈泰煕に築城させた。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 朝比奈泰朝(城代)、石川家成、山内一豊、太田家
天守 3重4階天守
主な遺構 太鼓櫓(移築)、井戸
主な再建物 天守、二の丸御殿、大手門
交通 JR東海道線 掛川駅 徒歩約10分
駐車場 掛川公園の無料駐車場
徒歩・登山 大手門駐車場〜歩5分〜登城口〜登3分〜天守丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

再建天守

太鼓櫓(三の丸からの移築)

三日月堀

天守から臨む掛川市街

二の丸御殿(天守から)
構成 遠江国の東部、掛川の、東海道沿いの小高い丘に築かれた、平山城。

丘の頂上部の天守の丸には、3重4階の望楼型天守を置き、その南側に本丸があり、本丸御殿があった。

これら主郭の北は乾堀で、東はそろばん堀で防御した。

本丸へ向かう道に設けられた四つ足門の横には三日月堀が掘られ、本丸の南側に広がる大きな松尾池も内堀の役目をつとめた。

二の丸は天守の丸の東の段下に配され、その南に三の丸が配された。

城の南には逆川が東西に流れ、天然の外濠となっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は掛川公園となっており、1861年に再建された二の丸御殿、1994年に再建された日本初の木造天守などがある。天守や二の丸御殿内部は資料館となっている。

また、大手門、三の丸から移築された太鼓櫓(往時から現存する遺構)、霧吹井戸、少し離れた場所にの大手門なども見所となっている。
略歴
1470年頃 駿河国守護の今川家家臣の朝比奈泰煕が築城し、城代に
(中略)
1569年 朝比奈泰朝の主君今川氏真が、甲斐国武田信玄三河国徳川家康から攻められ、掛川城に逃れてくる
徳川家康に城を包囲される。(掛川城の戦
武田信玄が約束を違えて遠江国に進出してきたことから、徳川家康今川氏真が和睦、これにより開城
徳川家康家臣、石川家成が城主に
1570年 徳川家康が、三河国岡崎城から、遠江国浜松城に居城を移す
1573年 三方ヶ原の戦で、徳川家康武田信玄に大敗
1586年 徳川家康駿府城に居城を移す
1590年 豊臣秀吉小田原城攻め後の徳川家康の関東移封により、山内一豊が城主に
1600年 土佐国一国を拝領した山内一豊に代わり、太田家が城主に
(後略)