時を告げた辰鼓楼を見下ろす平山城
出石城いずしじょう
場所 兵庫県豊岡市出石町内町39付近
旧国郡名 但馬国 出石郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1604年(慶長9年)
築城背景 不便な山城、有子山城に替わる居城として小出吉英が築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 小出吉英、小出吉親、小出吉英(再)、小出吉重
天守 なし
主な遺構 石垣、堀、辰鼓楼
主な再建物 模擬櫓、門、橋
交通 JR山陰本線 豊岡駅から約14q
駐車場 城域周辺の有料駐車場
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

稲荷曲輪の高石垣

2基の模擬櫓と背後の有子山城

谷山川に架かる模擬橋と模擬門

辰鼓楼(皿そばのお店から)

本丸から望む出石の街
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構成 但馬国東部、有子山城のある城山(標高321m)の北麓の丘陵部に築かれた平山城。

上から、稲荷曲輪、本丸、二の丸、下の丸と階段状に配した梯郭式の縄張り。
これらの主郭は石垣造りで、谷山川を隔てた平地に三の丸を広げ、水堀で囲んだ。

大手は三の丸の北に開かれ、そのそばに辰鼓櫓があげられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、稲荷曲輪の高石垣などの遺構が残っている。

本丸には2基の2重模擬櫓が建てられている。

三の丸は市街化されているが、灰色の屋根瓦の家並みが続く城下町は、昔ながらの面影を色濃く残している。

また、大手門跡のそばの辰鼓楼(明治4年完成の太鼓櫓)も残っており、街のシンボルとなっている。
略歴
1604年 出石藩主(6万石)、小出吉英が居城とすべく築城。
これにより、有子山城は廃城に。
1613年 小出吉英が、父、小出吉政の遺領、和泉国岸和田(3万石)に移り、弟の小出吉親が藩主に。(6万石)
1619年 小出吉親が丹波国園部藩主(3万石)となり、替わって兄の小出吉英が再び出石藩主に。(5万石)
(後略)