竹中半兵衛の子、重治が菩提山麓に築いた
岩手城いわてじょう
場所 岐阜県不破郡垂井町岩手608
旧国郡名 美濃国 不破郡
別名 竹中氏陣屋、竹中陣屋、岩手陣屋
種別 平城
築城時期 1588年(天正16年)(異説有り)
築城背景 竹中半兵衛の子、竹中重門が、それまでの居城、菩提山城に替わる居城として山麓に築城
名城 私の500名城
主な城主 竹中重門、竹中重固
天守 なし
主な遺構 石垣、櫓門、堀
主な再建物  
交通 JR東海道線 垂井駅 徒歩約45分
駐車場 櫓門前の駐車スペース
徒歩・登山 スペース〜徒歩すぐ〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

櫓門

石垣と水堀

竹中半兵衛

竹中半兵衛の菩提所、禅幢寺
構成 濃尾平野の西端、関ヶ原に近い岩手に築かれた平城。

江戸時代には陣屋と呼ばれていたが、築城は戦国時代であり、周囲に水堀を巡らせた本格的な平城で、城域はほぼ正方形で面積は1600坪余り。

正門は東側に開かれ、櫓門を伴っていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 岩手小学校などとなっており、現存する櫓門はそのまま小学校の門として利用されている。

石垣や堀の一部も残されているほか、櫓門そばに半兵衛の銅像が建てられている。

400mほど北に半兵衛の菩提所である禅幢寺がある。
略歴
1588年 竹中重門が築城
1600年 関ヶ原の戦直前、竹中重門は西軍につき犬山城籠城戦などに参陣するが、その後東軍につく
戦後、所領6千石を安堵される
その後、竹中重門は徳川将軍家の旗本に
その後、竹中陣屋と呼ばれるように
1631年 竹中重門が死没
(後略)