上田城以前の真田家の山城
岩櫃城いわびつじょう
場所 群馬県吾妻郡東吾妻町原町1953付近(登城口)
旧国郡名 上野国 吾妻郡
別名  
種別 山城
築城時期 南北朝時代(推定)
築城背景 鎌倉時代の坂東武者、吾妻太郎助亮が築城(異説あり)
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 吾妻助亮、海野幸光、海野輝幸兄弟、真田昌幸真田信幸(信之)
天守 不明
主な遺構 土塁、空堀
主な再建物  
交通 JR吾妻線 郷原駅 徒歩約60分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車スペース〜登15分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登15分

平沢地区の登城口

中城

腰曲輪から本丸を見上げる

二の丸から堀切越しに臨む本丸

本丸の空堀

本丸南側の空堀と接続された堀切
構成 上野国北西部、東吾妻にある標高802mの岩櫃山の中腹に築かれた山城。

南から東へ向かい流れる吾妻川へは急崖となっており、天然の要害となっている。

主郭は、高所の本丸、その東の二の丸からなり、技巧的な堀切や空堀で防御した。

主郭の段下に、中城、殿廓、天狗の丸などが配された。
縄張図
または
現地
案内図
現状 平沢地区に広い駐車場や観光案内所が整備され、登城口から約15分の登山で本丸に至る。

特に主郭部の、空堀、堀切などの遺構が素晴らしい。
略歴
13??年 吾妻太郎が築城
(中略)
1561年 武田信玄(晴信)の吾妻攻略の命を受けた真田幸隆が攻略
海野幸光、海野輝幸兄弟が城代に
1573年 武田信玄病没
1574年 真田幸隆死没
1575年 長篠の戦で、当主の真田信綱が討ち死にし、真田昌幸が真田家を継ぐ
1580年 上野国西部一帯を治め始めた真田昌幸の居城に
1582年 天目山の戦の際、真田昌幸武田勝頼をこの岩櫃城に迎えるつもりだったが叶わず、武田勝頼は自害。武田家滅亡
1583年 真田昌幸上田城を築城し居城にし、岩櫃城は嫡男の真田信幸(信之)が城主に
1590年 真田信幸(信之)が分家となり、沼田城を居城に
(後略)