久慈川西の台地、石神小野崎家の居城
石神城いしがみじょう
場所 茨城県那珂郡東海村石神内宿1258付近
旧国郡名 常陸国 那珂郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1490年(延徳2年)
築城背景 石神小野崎家当主、小野崎通老が築城
名城 私の500名城
主な城主 小野崎通老、石神道長、石神通信、石神道広
天守  
主な遺構 土塁、空堀、土橋
主な再建物  
交通 JR常磐線 東海駅 徒歩約35分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

空堀

空堀

広大なV郭
 

V郭の虎口の土塁と
U郭との間の空堀に架かる土橋
構成 常陸国中央の那珂郡石神、東方に久慈川が流れる台地の先端を利用して築かれた平山城。

東橋に細長い本郭(遠見城)を置き、その西に広大なU郭(御城)とV郭を並べて置いた。
主郭の北の北郭には領主の屋敷が建てられていた。

これら主郭の西に広がる城下町は惣構となっており、上宿、中宿、下宿に区画され、大手口はその西側に開かれていた。

南側は谷となっており、その先の長松院周辺が外郭として機能していた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は城跡公園として整備されているが、放射線量が基準値を超えており立ち入りを控えるようと書かれた、平成24年5月付の札が立てられている。

遺構として曲輪、土塁、空堀、土橋などが綺麗に残っている。
略歴
1490年 小野崎通老が築城し、石神氏を名乗る
(中略)
1535年 城主、石神道長が主君、佐竹義篤に謀反、佐竹家が派した額田小野崎盛通(篤道)が乱を平定。(石神兵乱)
1546年 城主、石神道長、領土をめぐり額田家と対立したことから落城、石神道長は城から退却
(中略)
1558年 佐竹家から戦功を認められ、石神家が再び入城
(中略)
1584年 城主、石神通信、佐竹家に従軍中に戦死、子の石神道広が城主に
1602年 佐竹家が秋田転封になると、石神家もこれに従ったことから廃城