北条攻めのために秀吉が急造した
石垣山一夜城いしがきやまいちやじょう
場所 神奈川県小田原市早川1352付近(登城口)
旧国郡名 相模国 足柄上郡
別名 石垣山城
種別 山城
築城時期 1590年(天正18年)
築城背景 豊臣秀吉が北条攻め(小田原城攻め)に際し、延べ約4万人を動員し約80日間で築城。
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 豊臣秀吉
天守 不明
主な遺構 石垣、堀、井戸
主な再建物  
交通 JR東海道線 早川駅 徒歩約40分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登7分

二の丸から本丸を望む

城址から小田原城を望む

本丸の石垣(かなり崩壊している)

南曲輪下の石垣
構成 小田原の西約3kmにある標高261mの笠懸山に小田原城を見下ろすように築かれた山城で、関東で最初に作られた総石垣造りの城。城の西から北を早川の渓流が流れる。

建物が完成してから、周囲の樹木を一斉に伐採し、あたかも一夜で城が建ったようにみせかけたとされる。

南北を走る尾根の最高部に本丸と天守台を置き、その南側に西曲輪と大堀切、さらにその先に出城を配し、北側には二の丸、北曲輪、井戸曲輪などが置かれた梯郭式の縄張り。

総石垣を用いた城ということで、石垣山と呼ばれるようになった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 石垣山一夜城歴史公園となっており、駐車場から登って10分足らずで本丸に着く。

各曲輪の石垣はかなり崩壊しているが、南曲輪下の石垣は比較的綺麗に残っている。
略歴
1590年 小田原城攻めの際、豊臣秀吉が築城
北条家滅亡
1603年 江戸幕府開府後は、小田原藩の管理下に置かれる
(後略)