信長を苦しめた輪中の中の一揆の拠点
伊勢長島城いせながしまじょう
場所 三重県桑名市長島町西外面2188
旧国郡名 伊勢国 桑名郡
別名  
種別 平城
築城時期 1245年(寛元3年)
築城背景 鎌倉時代に太閤、九条(藤原)道家によって築かれた旧城を元に、1482年に伊勢国国主、北畠家の家臣、伊藤重晴が築城
名城  
主な城主 九条(藤原)家、伊藤家、一向一揆滝川一益織田信雄豊臣秀次、福島高晴、菅沼定盈、久松(松平)家、増山家など
天守 なし
主な遺構 移築門、堀、石垣
主な再建物  
交通 JR関西本線 長島駅 徒歩約10分
駐車場 近くになし
徒歩・登山 長島駅〜徒歩10分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

移築大手門(蓮生寺)

堀跡

本丸跡にある長島中部小学校
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構成 木曽川、揖斐川、長良川などの河川に囲まれたデルタ地帯に築かれた難攻不落の平城。

主郭は本丸と、その西から南に回り込むように配した二の丸からなり、周囲を水堀で囲んだ。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は、長島中学校や、長島中部小学校となっている。
主郭の東側の小川は、堀跡とされる。
大手門が、近くの蓮生寺に移築されている。
略歴
1245年 太閤、九条(藤原)道家が築城
(中略)
1482年 伊勢国国主、北畠家の家臣、伊藤重晴が再築城
(中略)
1569年 織田信長、国司北畠具教大河内城を攻略し伊勢国を平定(大河内城の戦
1570年 伊藤家が一向一揆に追われ、以後、伊勢長島一向一揆の拠点に
1571年 織田信長による第一次伊勢長島攻め
1573年 織田信長による第二次伊勢長島攻め
1574年 第三次伊勢長島攻めで、織田信長伊勢国を完全に平定
信長から伊勢国5郡(北伊勢)を与えられた滝川一益の居城に
1582年 本能寺の変後、尾張国伊勢国など100万石の領主となった北畠(織田)信雄の支配下に
1583年 北畠(織田)信雄が居城に
1586年 天正大地震で全壊、織田信雄清洲城に居城を移す
1590年 織田信雄が失脚
近江国43万石に加え、尾張国伊勢国北部を加増された豊臣秀次の支配下に
1591年 豊臣秀次、関白に
1595年 秀次事件
1598年 福島高晴(福島正則の弟)が城主に。(1万石)
1600年 関ヶ原の戦後、福島高晴が宇陀松山2万石へ転封
替わって、菅沼定盈が城主となり、初代伊勢長島藩主に。(2万石)
1604年 城主、菅沼定盈が死没
子の菅沼定芳が城主に
(後略)